あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

親について

 

私は親を愛している。趣味を理解してくれているし、私がどんなことをしても何も言わないからだ。

しかし、先々週妹と親のバトルを仲裁して、その後妹と反省会という名の愚痴フェスティバルを開催したときに判明したのだが、どうやら我々は親から愛されていないらしいのだ。

 

というのも、私たちは幼い頃に親から褒められた記憶が全くない。

「全くないは言い過ぎだ」とか、

「それはお前らが愚女だからだ」とか、

様々な意見があると思うがここからの話をよく読んでほしい。

 

私は小学校中学校と成績優秀で毎年必ず学級委員長を務め、中学では生徒会役員にもなった。運動は苦手ながらも通知表ではいつも4を取っていたし、絵画や習字、作文、英語スピーチコンテストなどでもよく表彰されていた。

一方妹は成績は優秀ではないものの、運動分野ではかなりの成績を残し続け、いつでも持久走はトップをとり、運動の苦手な私はいつも羨ましくも誇りに思っていた。

 

そんな私たちだが、私は成績や学級委員活動に関して褒められたことはないし、むしろ怒られてばかりいた。初めての中学のテストで学年で5位をとったときも、親からは褒められるどころか「でも上にはまだ4人いる。」「お前は国語のテストの点数が低い(それでも85〜95だったと思う)から5位なんだ。」などと言われた。どうしても褒めて欲しくて頑張って3位になったときも「どうして1位じゃないんだ。」と笑われたことを覚えてる。

また妹も、持久走での成績を長女(足がそこそこ早い)と比べられて、「あの子は7位だったから、それ以上じゃないといけない。」と言われ必死に頑張り、姉の成績を超えたけど褒められなかったと言っていた。

 

そんなことが続くために、私は中学3年生から勉強することを止め、妹は走ることが嫌いになった。

 

こういった親の態度は幼少期からずっと続き、高校生になった私は精神的に参ってしまい、心療内科に通うことになった。そこで親と初めて「愛されている実感がない。」という話をして、親も「いい子になろうとしなくていい。」と言ってくれたことで、この呪縛から解き放たれたと勘違いしていた。

 

しかし、いざ親元を離れて生活していると、あれよあれよと問題にぶつかってしまった。精神病による大学の退学、悪化による入院、障害者として生きていこうという決意。それらの問題で親に助けを求めたことは幾度となくあったが、助けてくれたのは親ではなく友人や恋人だった。

親の言い分としては、「自分の問題なのだから自分で解決しなさい。」「こっちもお金がないから金銭的援助は無理だ。」(ちなみに両親はそれなりの職場に務め役職もトップであるし、貧乏ではなくむしろ金持ちだと思う)とのことだったが、私は「親は私に興味が無いのだな。」と感じた。

 

思い出して欲しい。私は冒頭で「私がどんなことをしても何も言わない」と書いたが、これは愛しているからという訳ではなくて、ただ単に興味がないからなのだろう。

 

なぜそんなに興味がないのだろう。

ちなみに、私と妹はこのような扱いを受けているが、姉は全くそんなことはなく、幼少期は分からないが現在は親からの助けを借りつつ褒められつつ幸せに暮らしている。そして私たちはそんな姉と比べられながら肩身の狭い思いをしている。

姉と私たちの違いはなんだ?と2人で考えたとき、私たちが出した答えは「世間的に立場がいい」ということだけだった。

 

姉は小中と友達が少なく、幼少期から発達障害の疑惑があったにも関わらずそれなりに学生時代を過ごしてきた。大学に入ってからは人間関係のトラブルなどがあり退学したものの、その後しっかりと地元のラジオ局に務め、パーソナリティとして毎日元気に働いている。

そんな姉を親はきっと誇りに思うだろう。地元の人たちがほぼ全員聞いているようなラジオに毎日出ていて、今まで幼少期から心配ごとはあったもののしっかり働けるようになって。

 

対して私たちは高校も行ってなければ大学も中退している、もしくはしそうになっている。私に至ってはそこから障害者手帳を取得し、障害者の就労訓練の施設に通っているのだ。

そりゃあ、姉と比べたくもなるだろうし、興味も薄れて助けたくもなくなるだろう。

 

しかしふと私たちは他所様の家庭を目にする。子どもが何か良い成績を残したとき、言葉でしっかりと褒めてあげる親。悩みを打ち明けても鼻で笑ったり嫌そうな顔をしない親。うちほど裕福ではないのに、困ったときに最大の援助をしている親。

比べてはいけないと分かっていても、自分たちの境遇に目を向けて辛くなる。

でも、逆にそうではない家庭もある。ネグレクトや虐待を受けていた友人や、借金などを理由に離婚した家庭の友人、宗教二世として異常な環境で育った友人。その友人たちは私たちよりも辛い幼少期を過ごしている。

確かに、褒められたことはなく愛されている実感もないけど、私たちは幸せな家庭で育ったのではないか?こんなことで辛くなっているのは、甘えではないのか?

 

意を決して、私はあるチェックリストを受けてみた。

毒親チェックリスト」である。

 

自分の親が毒親とは思いたくないし、なんならネットで落ちているこんなチェックリストを鵜呑みにするのも変だと思う。

でもここをはっきりさせることで、私たちはもっと前に進めるのではないだろうか。そういう期待を込めていくつかチェックリストを受けた。

 

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結果はどれも陽性(という言い方が正しいかは置いといて)だった。

自分の認識が歪んでいるのかもと思い、妹にも受けさせたところ、同じ結果だったという返事が返ってきた。

鵜呑みにするのは良くないが、どうやら我々は毒親育ちらしい。

 

きっとこの結果を受けて、高校生のとき「いい子を演じるのは止めよう」と決意したときよりは、もっと良い方向に進めるようになると思う。主治医に相談したり、カウンセリングも受けてみようと思う。

でもきっと、私は「親に愛されたい」という呪縛からは一生逃れられないのだと思う。早く気付いていれば、妹だけでもこの呪縛から逃してあげられたのにと後悔もしている。

でも、今からでも、私は妹を目いっぱい愛してあげようと思う。親が愛してると言わない分まで、褒めてくれない分まで、興味がなさそうにする分まで、たくさん愛して、褒めて、興味を持ち続けようと思う。

 

せめて、せめて妹だけはこの呪縛から解き放たれてほしい。それさえあれば、私は親の愛を諦められる気がする。