あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

takk!使ってみた

 

最近「takk!」というものがメンタルヘルス界隈で賑わっている。

どうも、自分が得意なことと困っていることを登録して、お互い助け合うツールであり、そこに報酬として金銭が発生したりしなかったりというものらしい。

 

私自身、最近イベントの宣伝方法をどうしたらいいのか困っていたことや、文章を書くお仕事を貰えないか考えていたこともあり、登録して使ってみることに。

 

 

まずアカウント登録。

登録自体はかなり簡単で、ツイッターFacebookのアカウント認証を行うだけ。

私の場合Facebookは利用していないので、最初に出てきた画面の「ツイッターでアカウント登録」という水色のボタンをぽちっと押すだけで登録が完了した。

楽!!!!!!

 

登録が完了するとホーム画面へ。

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ホーム画面はこんな感じで、ツイッターFacebookの知り合い(フォロワーのフォロワーまで?)で登録をしている人たちの「できること」「困りごと」が新着順で出てくる。

正直最初は

「なんでフォロワー…?全然知らない人の新着情報じゃないの?」

と思ったが、意外とこの“フォロワーのフォロワーまでの表示”が使ってみると便利だった。

 

全然知らない人となると、本当に全然関係のない「できること」「困りごと」がほとんどなため、見ても「ふーん」と思うだけに留まってしまう。

しかし、“フォロワーのフォロワー”ぐらいだと、興味のある事柄に関するものが多いため「頼んでみたい」「頼んでほしい」と思い、実際に取引に繋がる回数も多く感じた。

 

実際に私も数名と取引の連絡を行ったが、これがまたスムーズで楽ちんだった。

 

上の画面で表示されているものや、虫眼鏡のアイコンで検索し表示されているものの中で取引をしたいと思ったら、まずその「できること」「困りごと」をタッチ・クリックする。

 

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すると出てくるのがこんな画面で、詳細を確認し、ステータスを選び、依頼の詳細を入力し、あとはそれを送信してやりとりするだけで終わり。

 私がやりとりしたものでも、大体数回のやりとりで取引が完了した。時間にすると一時間もかかっていないように思う。

これでお給金もでたりするなんて便利すぎないか。

便利すぎて怖い。

 

 

…とまあ、ここまで使いやすさに関してめちゃくちゃに褒めちぎっているが、使ってみて感じた点も上げていこう。

 

まず最初に感じたことは、「ただの便利な頼り合いツールじゃないな」ということ。

最初にtakk!を知ったとき、先にも述べているが、メンタルヘルスに関する活動をしている人たちの間で話題を呼んでいたためだったこともあり、

「なんでメンタルヘルス界隈で流行ってるんだ?」

と疑問に思った。

そして使ってみるうちに、これは「ただ頼り合いをするツール」ではなく、「自分の得意なことで達成感や自己肯定感を高め、それを他の人にも分けてあげるツール」なのかもな、と思うと同時に、メンタルヘルス界隈で流行っていることにも納得がいった。

メンタルに支障をきたしている人は自己肯定感が低い。

そのために、「自分は何もできない」「必要とされていない」と感じてしまう人も少なくない。

そういった人たちが得意なことを発信し、頼ってもらうことで「自分にもできることがある」と感じてもらうという、認知行動療法的なアプローチのツールであるように感じた。

そら流行るわ。

 

しかし、そうしたメンタルヘルス界隈を対象にしていることで出てきている問題点もあるように感じた。

 

現在、リリースから半年ほどしか経っていない「takk!」。

そのためか、登録されている「できること」と「困りごと」の比率としては圧倒的に「できること」の方が多い。

まだ最初のユーザーたちが自己肯定感を高めるに至っておらず、その間もどんどんユーザーが増えてしまったために、このアンバランスな図ができてしまったように感じた。

また、私のように「得意なことでお仕事を貰いたい」と考えている人は、競争率の高い「困りごと」にコンタクトしにいくか、依頼をただ待つしかない。

なにごともすぐに結果がでるものではないと分かってはいるものの、この“待つ”が苦手な私にとってはかなりの問題点のように感じた。

 

 

個人的に考えるtakk!の課題としては、このアンバランスさをどうするかにかかっているように思う。

運営の方達は「メンタルヘルス界隈を対象にしている」と明言してはいないものの、実際その界隈で流行ってしまったために生まれたこのアンバランスさを、いかに他の場所での流行で修正できるかが鍵なのではないだろうか。