あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

わたしのエヴァンゲリオン

 

エヴァンゲリオンは私の青春であり、人生である。

また、私の中のエヴァンゲリオンは既に終わったものであり、新劇場版はゲームで言う別エンドにすぎない。

先日、新劇場版の最終章の公開年が決定し話題になり、私もおおいに盛り上がったが、他の人と違うのは

「やっと完結する!」

ではなく

「やっとBルート終わりか」

という気分なこと。

 

そもそも、アニメ版の最終話を見て「完結してない」と勘違いしている人が多いが、あれは綺麗に完結しているのだ。

「おめでとうエンド」と馬鹿にしているやつは死んで詫びるか、「THE END OF EVANGELIONまごころを君にAir”」を見るべきだ。

DEAD or WATCH

 

 

劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に [DVD]
 

 

この映画、アニメの第25話と第26話のいわゆる「おめでとうエンド」と馬鹿にされた話は、実はシンジの心の中の葛藤を描いたものだったというもので、

では実際その頃、エヴァの世界では何が起きていたのかを描いている。

戦略自衛隊のNERVへの奇襲、その中で起こされるサードインパクト人類補完計画、全て見透かしていたかのように始まるシンジの父・碇ゲンドウの秘密計画…

 

そもそも、エヴァの世界では人と人を分つのは“ATフィールド”と呼ばれる心のバリアのようなものと考えられていて、その人を分つバリアを破壊することで「大きな一つの生命体」になり「誰も傷つかない世界」にするのが『人類補完計画』であり、また、そのバリアを破壊するのが『サードインパクト』である。

主人公のシンジがサードインパクトを引き起こす材料となる訳だが、その心の葛藤を描いたのがアニメ版、世界の動きを描いたのが旧劇場版である。

 

 

この映画には印象に残るシーンが多くある。

 

サードインパクトが起こり、人々のATフィールドがなくなると、人はLCLという生命のスープに変わってしまう。

その瞬間に心の葛藤や欲望が具現化して現れるのだが、

エヴァのモブキャラである青葉シゲルは大量の綾波レイに詰め寄られながらLCLになった。

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これは裏設定があり、人工的に作られた綾波の身体を、青葉が保管庫から盗みダッチワイフとして使っていたためだと言われている。

青葉はアニメ本編でも勤務中に音楽雑誌を読んだり、エアギターをして遊んだりしており、なんとも彼らしい終わり方である。

私の3番目に好きなキャラは彼だ。この人間臭いクズ加減がよい。

ちなみに1番は加持リョウジで、2番が惣流・アスカ・ラングレー

 

次に「大人のキス」のシーン。

シンジがエヴァに乗ることにトラウマを持ち、もう死んでしまいたいと考えている状態から始まるこの映画。

そこに戦略自衛隊が襲撃を仕掛けてきて、サードインパクトを人為的に起こそうと画策していることが判明し、シンジも戦闘にかり出されることになる。

葛藤しながらも、上司の葛城ミサトに連れられ、自衛隊の網を搔い潜り、エヴァの搭乗口に直結するエレベーターまで向かうも、ミサトは自衛隊の銃弾を受け致命傷を負ってしまう。

エヴァのトラウマ、仲間の戦闘、ミサトの負傷、様々な葛藤をめぐらせ戦闘への参加をしぶるシンジに、ミサトは熱い口づけをかわすのだ。

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「大人のキスよ、帰ったら続きをしましょう」

そういってシンジをエレベーターに押し込むミサトは笑顔で彼を見送る。

 

これ、確かにスケベではあるが、こんなに感動するシーンは無いように思う。

ミサトは性に奔放なため、セックスを匂わせることでしか男を奮起させられないことも、ミサトがこのままだと死んでしまうことも、お互い分かっているのだ。

お互い分かっていて、相手が分かっていることも理解した上で、シンジは戦闘に向かい、ミサトは笑顔で送り出す。

こんなに切なく物悲しいシーン、他にあるだろうか。

 

最後にシンジの問題のシーン。

映画の冒頭で、負傷し意識の無い仲間・惣流アスカの露出した胸を見て、その場でシンジはオナニーを始めてしまう。そして終えた後、

「最低だ、俺って」

と手のひらを眺めて呟くのだ。

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最低すぎるだろ。まあ中学生だし仕方ないのか。

でもこれおっさんが考えたと思うと最低すぎる。

 

まあ、そんなことは置いといて。

実はこのシーン、最後の最後のシーンにつながっているのだ。

 

サードインパクトの引き金となり、「誰も傷つかない世界」か「傷つく世界」の選択を迫られたシンジは

「もう一度みんなに会いたい」

と自らの意思で図らずも人類補完計画を阻止する。

そしてサードインパクトが終わると、シンジの隣にはアスカが横たわっており、周りには誰もおらず、シンジはアスカの首を絞める。

しかし、途中で手を離し静かに泣くシンジに、アスカが一言「気持ち悪い」と吐き捨て映画は終わる。

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この「気持ち悪い」はアスカの声優さんが考えた台詞だ。

監督に「起きたとき、自分でオナニーしてた男がいたらなんて言う?」と聞かれ、答えた言葉がそのまま台詞になっている。

まあ、だよね〜という感じ。そら気持ち悪い。

 

ここからは憶測だが、シンジは「傷つく世界」を「他者から傷つけられ、自分も他者を傷つける世界」だと考え、それが今までの世界だったことを理解し、望んだためにアスカと2人きりになったのでは、と考える。

今までのアニメでも、シンジがはっきりと意見を言えたのはアスカだったし、アスカもシンジを傷つけていた。

それが人間と人間が関わるということだと理解し、求めたのでは。

しかし、そういう世界を求めただけであってアスカを求めた訳ではなかったため、他の誰もいない世界に混乱し、今まで自分を傷つけてきたアスカに当たったのだと思う。

 

でもまあアスカにとっては関係のないことだし、そら気持ち悪いよね。

 

 

エヴァはロボットアニメではなく人間ドラマだと言うことは死ぬほど言われてきているが、アニメ版と旧劇場版は特に色濃くその傾向が出ている。

むしろ新劇場版はただのロボットアニメと言われてもしょうがないぐらいである。

みんな、エヴァンゲリオンを見るときはアニメ版と旧劇場版を見よう。

それか、全部見ないでこんなうるせえオタクにならないようにしよう。