あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

「生きづらい」ってなんで言ったらダメなの

 

私はメンヘラ.jpというサイトをよく利用し、ときに記事を書いたりもしている。

menhera.jp

 

最近の私の興味関心は、この世間一般に言われるファッションメンヘラ達で、特にSNS自傷行為をさらしたりネガティブな投稿をしている人たちに興味がある。

 

彼らは、我々が

「朝起きなきゃなのに起きれない…」
「風呂入らなきゃだけど入れない…」

という矛盾に苦しむのと同じように、

自傷で気を引こうとするの止めたいのに止められない」

という矛盾に苦しみ、困っているのです。

違いと言えば、(言い方が悪いかもしれませんが)エンタメ性に富んでいるために話題に上がりやすく、また、話題に上がりやすいために「一般に広まるメンヘラの代名詞」として風俗化してしまったことぐらいではないでしょうか。

その上、風俗化してしまったせいで当事者に病識がないのか、治療や支援に繋がっていないことが多いのです。

このとき計画を立てていた卒論の研究内容が『ヘアカラーの派手さと自傷行為の関連性』だったためか、この記事では特に「自傷行為を投稿する人」をあげているが、 これは「ネガティブな投稿をする人」にも当てはまると考えている。

 

『ネガティブな投稿をする人』というのは、ネガティブな投稿をした後に「うざくてすみません」「心配しないで」「後で消します」ということを言う人がかなり多い。

理由は簡単で、そういう投稿をすると「大丈夫?」と半笑いで聞いてくる人と「うざいからやめろ」と言ってくる人が過半数を占めているからである。

実際私も地元の友人に「お前のツイートうざいからミュートしてるわw」と言われたことがある。

加えて、最近はそうしたネガティブな投稿を通報されてしまうと、1週間程度のアカウント凍結とやる気のない相談窓口(営業時間10〜17時)への案内をされるらしい。

 

生きづらいことを口にするとなぜいけないんだろう。

別に極端な思想を語っている訳でもないし、誰かを傷つけるような暴言を吐いている訳でもない。

 

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この子は私の愛鳥の月亭可朝氏だ。(おっぱいがボインとしている)

彼は困ったことがあると助けを求めたり、寂しいときにも「ぎゅーぎゅー」と鳴いて私に知らせてくれる。

助けというのは「俺がぶん回したブランコが引っかかった、戻せ」とか「ダイエットなんざ知らねえ、餌を増やせ」とかである。

私はそれらの要求をほとんど飲むが、ときたま無視もする。面倒だからだ。

 

動物たちでさえ、自分の中の『生きづらさ』があり、それを助けてもらったり助けてもらえなかったりしながら生きている。

それでも愛情を感じて、寂しいときには求めたりもする。

「大丈夫よ」と言うだけで安心して眠りにつく。

『ネガティブな投稿をする人』も同じようであってほしい。助けてもらったり、助けてもらえなかったりしてほしいのだ。

なぜ、生きづらさを黙る必要があるのだろうか。

 

実はこうした生きづらさを言い合って、解決に導いたりする「当事者研究会」というものが各地に存在する。

しかし、私が思うにこうした会は結構ハードルが高いようにも思う。

当事者研究会」という名前もそうだし、会費が千円〜であったり、固い雰囲気の中行われるものもあれば和気あいあいとした雰囲気の中で行われているものもあるが、実際行ってみないと自分に合ってるかどうかも分からない。

 

 

そこで、私は最近ポップカルチャー(音楽や絵など)とこうした当事者研究会を組み合わせたようなイベントが開けたらなあと考えている。

まだ考えているだけで企画・計画もまだだが、

・できる限り低価格で参加できる

・演者にノルマをあまり課さず、条件は「精神的生きづらさを感じてる人」

・お客さんは元気な人でも元気じゃない人でもよい

・前半1時間程度は「生きづらさ」などのテーマを語り合い、後半は絵を描いたり歌を歌ったり、グッズを売ったりする

・大きなイベントではなく小さなイベントにしたい

みたいなイベントがあったら面白いかな〜と思っている。

もしこのブログの反応がよかったら、しっかり計画して開催してみようとも思っている。

まあ、私自身今は忙しく元気がないため、まだまだ先の話になるだろうと思うが。

 

みなさんどうでしょうか。

感想待っています。

 

 

 

追記:詳しいことを企画書的な感じで纏めました。これも是非。

 

 

目的

昨今、「生きづらい」ということに制約がかかっているように思う。「迷惑がかかる」「嫌な気持ちにする」という理由で“生きづらさ”を発信することが抑制されるのはおかしい。

 そこで、私は「当事者研究的ライブイベント」を開催したいと思う。この当事者研究とライブイベントをリンクさせたのはいくつかの理由がある。

  • 当事者研究会はハードルが高い…生きづらさを口にする場の代表「当事者研究会」は名称的にも、参加費的にも(多くが千円以上)、誰しもが参加するのは難しいように感じる。加えて鹿児島は少ない。
  • 「生きづらさ」を誰もが口に出し、誰もが許容される場を作りたい
  • 自分の周囲からそうしたムーブメントを作りたい…ハードルの低い当事者研究会を作るには様々な選択肢があるが、まず自分の周囲から、自分の手札でムーブメントを作っていきたい。そのため、周囲の人に対して話題性があるコンテンツとしてライブイベントとリンクさせたい。

 

方法

演者…司会者二人(“生きづらさ”代表の私とそうでない代表の人)と、辛さを言葉や作品にしている議論者5〜6人(バンドマンや絵描き、ダンサーなど)

流れ…まず、議論者の「つらいときに作った作品」を一人一人紹介していく(自己紹介的に)。そこに対してそれぞれ意見を言ったり、感想を言ったりする。

 次に、おのおのが感じている“生きづらさ”を話していき、意見を言いつつ進める。

 いったん休憩をはさみ(そうでない人代表司会者が歌ったりするのもあり)、その後先ほどの“生きづらさ”がどうして起こっているのか議論していく。

 ここまでの流れを60分〜90分ほど続けたあと、議論者のライブをする。(このとき、できれば最初に紹介した曲等をする)

 

ルール

  • 議論中、誹謗中傷をしない。
  • 話を遮らない。意見がある場合は挙手する。
  • 途中退室可。議論中であってもライブ中であっても強制はしない。
  • 笑いが多いイベントにする。泣いても全然OKだが、暗い雰囲気にはしない。
  • イベントを営利目的にしない。グッズの販売などはOK。

 

 

今のところ、ここまでの計画がたちました。

今後の進捗も楽しみにしていてください。