あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

親と子と孫

 

先日、2月22日の猫の日にひいばあちゃんが死んだ。102歳で、もうすぐ103歳だった。

母方の祖母のお母さんで、猫と花が好きで、タバコを吸いながら花札とパチンコをするような人だったらしい。

らしいというのも、私はひいばあちゃん(以下タミばあ)に会ったことはほぼなかった。

 

私がタミばあに初めて会ったのは7歳か8歳の夏休みで、祖母宅に遊びに来ていた時だった。

痴呆が始まって施設に預けたが、タバコを吸うわパチ屋行くわで強制退去となり、仕方なく故郷・奄美から祖母の嫁ぎ先の鹿児島まで来たのだと聞いた。

 

比較的穏やかな祖母に対して、タミばあは常に怒っていた。

また、祖母の旧姓とタミばあの苗字が違っていたことも相まって、私は

「この人は私のひいばあちゃんじゃないんだ」

と思い、怖がり、自然と避けるようになった。

大人になるにつれて、タミばあが痴呆の初期症状で怒りっぽくなっていたことも、祖母が親戚に養子に出されたために苗字が違っていたことも分かるようになったが、

他人かもしれない、という気持ちが作った溝はそう簡単に埋められなかった。

 

タミばあが死ぬ一週間前、そろそろ危ないと聞いて7年振りぐらいに母と祖母と一緒に会いに行った。

病室へ行くとタミばあはベッドで眠っており、その顔は浮腫んで、骨格も歪み、7年前より変わり果てた姿はより一層他人感を強くした。

祖母はタミばあの世話をし、母は奄美民謡のCDを流す中、私はファミマのうどんを食べて早く帰ることだけを考えていた。

 

ぼやあっと過ぎていく時間の中で、ふと祖母が

「タミばあは何かを握らないと不安がる」

という旨の話をした。確かにずっと、ベッドの柵をぎゅっと握っている。

祖母は不安がることよりも、ステンレスの柵にタミばあの体温が奪われることを気にしているようだった。

「じゃあ手を握ってあげよう」

と言うと、母はタミばあの手を優しく柵から外し、その手をぎゅっと握って、

そのまましばらくタミばあの手を親指の腹で撫でたり、握ったり、たまに民謡に合わせて踊らせたりもしていた。

私はただ、その様子をじっと見ながら、まだうどんを啜っていた。

 

そういえば、最後に母の手を握ったのはいつだっけ。

祖母の手を握ったのはいつだっけ、いや、そもそも握ったことあったっけ。

2人の手を握れるのはあと何回だろうか。

 

母がタミばあの手を握って、子供みたいに楽しそうにしているのを見て、そんなことを考えていた。

そんなことを考えていると、だんだん「私もタミばあの手を握ろうかな」「いやでも…」という気持ちになってきて、

うどんを食べ終わる頃、私はタミばあの手を握ってみることにした。

まともに喋ったこともないのに…とか、握った瞬間怒られたら…とかグダグダ考えつつも、いざ握ってみるとなんてことの無いただのヨボヨボなおばあちゃんのヨボヨボな手だった。

ヨボヨボな手は私の手をぎゅっと力強く握り返してくれた。眠っているとは思えないほど力強かった。

どことなく、母の手に似ていた。

 

それから一週間後、タミばあは死んだ。

祖母と私はタミばあと同じ飛行機に乗り、3人とも久しぶりに奄美に帰った。

102歳ということもあって、祖母が覚悟と準備をしっかりしていたため、葬儀場の予約も飛行機の手配もスムーズに済んだ。

祖母が淡々とそれらの手配をし、私を含む家族一同はそれに従うという、どこか淡白な雰囲気で葬儀は進んでいった。

 

葬儀最終日、火葬場に向かう時、家族一人一人がタミばあに挨拶をして、順番に棺に花を入れた。

まずは長女、次女と年齢順に挨拶をしていき、三女の祖母の番が回ってきた時、

やっと祖母は泣いた。しかも、子供が駄々をこねるみたいに大泣きした。

順番が終わっても棺から離れず、しきりにタミばあに触れ、「母ちゃん、母ちゃん」と泣いていた。

そんな祖母を見て、私は自分の番が来た時、なんとなくタミばあの手を握った。

ゴム人形のようだった。

その後葬儀場を出発し、火葬場に着いても祖母は大泣きし、火葬のボタンを押す時も、いやだいやだと駄々をこねながら泣いていた。

その日はずっと、祖母は子供のようだった。

 

 

タミばあは最後まで私をひ孫にしてくれなかったが、最後に私の祖母と母を、子供と孫に戻して帰っていった。

小さい頃の「母は生まれた時から母なのだ」という勘違いが、大きくなるにつれて勘違いだと分かっていたはずなのに、

実際には分かっていなかったことを、タミばあに思い知らされた。

祖母や母が子供のように振る舞い取り乱す姿に、動揺したことがとても恥ずかしかった。

そんな分かってる風な・大人ぶった振る舞いが、タミばあのひ孫になれなかった原因のように思えた。

 

タミばあちゃん、

あなたが死んでから2ヶ月が過ぎて、こんなことを書いても仕方ないとは思うが、

しかし、2ヶ月を過ぎてもあなたのひ孫になれなかったことを悔やんでいる私がいる。

これまでの人生であなたを思うことなどなかったのに、手を握ってから、あなたのことを思う日が沢山ある。

もし天国という場所があって、あなたがそこから私を見ているのなら、

夢の中でいいから、一緒にタバコ吸いながら花札をしよう。屋仁川で酒を飲もう。花を育て、猫を可愛がろう。

きっと私たちは仲良くやれるはず。

約束ど。

では、また会う日まで。