あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

アンゴ

 

西郷どん奄美編も2回目。

とぅまが吉之助のトゥジ(妻)になり、「愛加那」という名前を貰った。

f:id:kachokoo0130:20180520205544j:image

このシーンの二階堂ふみちゃんがあまりにも綺麗で、思わず

「はげ〜、きょらさや〜」

とため息が漏れた。

 

 

 

しかし、以前にも言えたことではあるが、今回でより強まった違和感がある。

それは"龍家の人々が率先して畑仕事に参加し、時には罰を受けている"ことである。

龍家といえば、元は琉球王朝から支配を任されていた笠利為春の一族であり、琉球王国初代国王の父・尚稷王の血を引いているとされている。

そんな、いわば支配者側であった一族が"畑仕事をしている"のでさえ不思議なのに、

隠し砂糖による罰まで受けているのはとても違和感があった。

薩摩による奄美支配を描く演出としては重要な改変であるような気もするが、どうなのだろう。

 

 

また、今回の"愛加那がアンゴとして申し出るもそれを吉之助は断り、愛加那を正妻として迎え入れる"というストーリーは、

「男尊女卑へのアンチテーゼ」的な描かれ方をしているように見えたが、それは無理があるだろうと思った。

 

元々奄美では女性を軽く扱う文化があまりない。

というのも、奄美には黒糖以外の上納品として"大島紬"があり、それを織るのが女性の仕事であった。

そのため奄美の家では、女の子が生まれても稼ぎ手として大変喜ばれたと聞くし、

今でも島の家は男より女の方が元気で強い家が多い。

西郷どんの中で機織りをする女性が描かれていないのは、こうした背景が「アンゴを男尊女卑の象徴として描く」というストーリーに不向きだからだと考えるが、

アンゴは「ヤマトの流人を落ち着かせる為にあてがう一時的な妻」であるため、これを"奄美の男尊女卑"のように描くのは無理がないか…?と思った。

 

 

ここまで文句ばかり書いてきたが、ここで良い面をあげようと思う。

序盤のシーンで愛加那のバックに流れていた三線があったが、多分あれは「いきゅんにゃかな」ではないかと思った。

「いきゅんにゃかな」の歌詞は以下の通りだ。

 

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

わきゃくとぅ忘りてぃ

(私のことを忘れて)

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

うたちやうたしゃがいきぐるしゃ

(行こう行こうとはするけど行きづらいなあ)

そらいきぐるしゃ

(行きづらいなあ)

 

この恋人どうしの男女の歌を流すことで、愛加那の心情を描いていたのではないだろうか。

その後の、吉之助が将来自分の元を離れ1人になることを案ずるも、それでも良いと決意するシーンが、この歌でより一層強調されているように感じた。

(中村瑞希さんによるいきゅんにゃかな

https://youtu.be/EVMCmM9rgRE)

 

 

 

今回はアンゴのことを中心に描かれ、最後は幸せな描写で幕を閉じた。

来週からはまた波乱続きとなるのは分かっているが、この2人にはずっと幸せであってほしい…!と感じる回だった。

 

 

西郷どんの奄美編、よかったね

 

みなさんは誰かに

「お前の地元って電気通ってないんだろ」

と言われたことはあるだろうか。

今どきそんな場所が日本にある訳ないので、勿論こんなこと言われることは中々無いだろう。

しかし、私はある。

 

私は徳之島生まれ奄美大島育ちの生粋の"しまっちゅ"である。

そんな"しまっちゅ"が差別対象になりうると知ったのは高校生の時。

奄美の学校は鹿児島本土出身の先生が多く、その高校の養護教諭も例外ではなかった。

ある時私が保健室で休んでいると、2人の女子生徒が入ってきて、養護教諭と別の用事で来ていた教師と4人で話を始めた。

女子生徒が喋ると養護教諭がオウム返しする、というのを延々と繰り返しているようで、

しばらくすると女子生徒たちは

「もう先生意味うつらーん!」

と笑いながら出ていった。

すると、その養護教諭は女子生徒の声が聞こえなくなるのを見計らい、

「『意味うつらーん』だってwwwほんっと奄美の訛りって馬鹿みたいだよねwwww」

と、教師と一緒に笑い出した。

私はただ驚いた。

気が強い人であれば

「なんわけ!やんきゃも薩摩っぽ訛りじゃがな!」

と喧嘩を買って出たのだろうが、生憎私は喧嘩も気も弱い。

体調も悪かったため、その時は彼女らの「奄美の馬鹿みたいなところ」談義を黙って聞いていた。

あの時ほど悔しい気持ちになったことはない。

 

話は戻るが、「お前の地元電気通って無いんだろ」と言ったのも鹿児島の人だった。

その時はただ出身地を述べただけで、こんな風に面と向かって馬鹿にされるとは思わず、周囲に合わせて笑って流した。

他にも

奄美って色黒で剛毛な人ばっかりでしょ」

「鉄コンの家住んだことないでしょ」

「言葉が通じないから奄美の人とは結婚したくない」

などと、それぞれ別の人に言われたことがある。みな鹿児島の人である。

しかも20代から70代の男女による発言で、年齢も性別も全く関係ない。

昔はもっと酷く、奄美出身ということを隠して鹿児島に住んでいるという高齢者も少なくはないと聞く。

 

勘違いしないでほしい。

私はこれを書いて、「鹿児島県民はクソ!」と言いたい訳では無い。

上記の発言は一部の人だけであり、ほとんどの人は普通に接してくれる。

なんなら奄美が好きだと言ってくれる人も多く、本当に嬉しい限りである。

じゃあ、なぜこんなことを突拍子もなくブログに書くのか。

 

 

f:id:kachokoo0130:20180516022312j:image

私は先日、大河ドラマ「西郷どん」の奄美大島編を見たあと、Twitterで色んな感想を読んでいた。

すると県外だけでなく県内の人達からも

「こんな差別の歴史があったとは知らなかった」

という意見が上がっていた。

そして、多くの人がそれを「江戸末期で終わったもの」と認識しているようで、私は心底驚いた。

 

奄美の人は鹿児島の特産品や県庁所在地、偉人、歴史など、様々なことを小学校で教わる。

それは鹿児島県民として当たり前に知っておくべきことである。納得もしている。

しかし、鹿児島の人達は奄美のことを何も知らない。

ついこの間までは奄美沖縄県だと思っている人も少なくなかった。

私は"そのぐらい知らない"からこそ、上記のような差別的なことが言えたのだろうと考える。

 

 

f:id:kachokoo0130:20180516032220j:image

「私たちは民のうちに入っていなかった」

とぅまのこのセリフは私の心にじんときた。

あの時代のしまっちゅや私の気持ちが、このセリフに全部詰まっているように感じた。

 

史実やストーリーや島口について様々な意見があるが、私は奄美のことを県内外に知ってもらうためにはとても良い内容だと思った。

島口も本来のものより柔らかくなっており、「標準語を織り交ぜた島口」というよりは

「県内外の人に奄美の言葉を知ってもらうための島口」というように感じられて、とても良かった。

(あんなに"はげー"は万能じゃないけど)

 

たぶん、西郷どんを見ている県外の人は多いだろうし、鹿児島県民はもっと多いだろう。

その人達を含む多くの人に、この奄美編を見て、もっと奄美のことを知って、もっと奄美のことを好きになってほしい。

そうすれば、しまっちゅに差別的な言葉を投げかける人も減ってくれるだろうと思う。

 

 

私の好きな映画10選、2018

 

好きな映画はなんですか、と聞かれると意外と困る。

あれも好きだし、あれもいいけど、これも…と考えてるうちに頭がこんがらがったことが多々ある。

しかも、この「好きな映画」というのは結構変動する。これがまたややこしい。

 

なので、今日は私が私による私のための「私の好きな映画10選」を備忘録として書き残しておこうと思う。

 

 

f:id:kachokoo0130:20180514012505j:image

【コックと泥棒、その妻と愛人】

これは私が映画好きになるきっかけになった映画で、

レストランの経営者である泥棒の妻と、常連である学者が不倫関係になってしまう話。

鬼気迫るストーリーも魅力だが、この映画の最大の魅力は"場面ごとに変わるテーマカラー"である。

殺伐としたレストランでは赤、静かなトイレでは白というように、セットの色だけでなく衣装の色もコロコロと変わる。

CGによるリアルを追求したものとは違った美しさがある映画だと思う。

 

f:id:kachokoo0130:20180514013406j:image

フィフス・エレメント

小さい頃からテープが擦り切れるほど見たSF映画

ストーリーは単純明快、ラブもあり、ギャグもあり、音楽もある、全部揃っていると言っても過言ではない映画。

バイオハザードではアリス役を演じるミラ・ジョヴォヴィッチが、あの西川兄貴と色違いの衣装を着ているのも必見。

 

f:id:kachokoo0130:20180514013834j:image

【誰も知らない】

近頃また人気の俳優、柳楽優弥くんの初主演映画。

ネグレクトを受ける子供たちがどのようにして生き・死んでいくのか、その現実をどれだけの人が知っているのか、世の中に問うた作品。

これも小さい頃に見て衝撃を受け、ずっと忘れられない。

この映画のせいで、近頃の柳楽くんを見ると「良かったねえ…」と微笑ましく思ってしまう。

 

f:id:kachokoo0130:20180514014527j:image

【blue】

市川実日子小西真奈美のダブル主演。

思春期の女子にありがちな問題を、透明感そのままに描く作品。

年上の男と付き合ってみたり、クラスメイトの女子がなんか好きになっちゃったり、好奇心でキスしてみたり。

高校生のときに見たかったな、と思わせる映画。

 

f:id:kachokoo0130:20180514014927j:image

【グッド・ウィル・ハンティング】

マット・デイモン演じる不良少年が、実は数学の天才だったというストーリー。

しかし「俺TUEEEE」系の無双映画ではない。

人生の岐路に立ったときにどんな選択をすべきなのか、愛する人を"愛する"というのはどういうことなのかを描いた作品。

個人的にはフットルースよりも、こっちの方を代表作と言った方が良いと思う。

 

f:id:kachokoo0130:20180514015318j:image

最強のふたり

障害者というのは「真面目」で「純粋」で「か弱い」という潔癖なイメージをハンマーでめちゃくちゃにぶち壊す作品。

障害者は「助けるべき存在」の前にただの人間であるということを、スラム街の黒人が周囲だけでなく私たちにも教えてくれる。

ブラックジョークも豊富で、笑ったり泣いたり大忙しな映画。

 

f:id:kachokoo0130:20180514021046j:image

ビッグ・フィッシュ

ティム・バートン監督作品。

洞話ばかりする父と、その父が嫌いな息子。

病床の父に寄り添うにつれ、洞話の中にいる"本当の父"を知りたいと思う息子の話。

リアリズムの中に程よく散りばめられた「ティム・バートン節」がとても心地の良い映画。

 

f:id:kachokoo0130:20180514015838j:image

【I KILLED MY MOTHER】

私の大好きなグザヴィエ・ドラン主演監督作品の中でも最も好きな映画。

考えが古く、怒りっぽい、干渉しすぎる上に、全てにおいてセンスがない。

そんな過保護な母親を殺してしまいたいとすら思い、悩む息子の話。

中盤に、寄宿学校の同級生とクラブに行き、キスをされるも拒むシーンがあり、その映像・音楽がとても美しい。

個人的な意見としては、ドランの主演映画の中でも、群を抜いてスケベな彼が見れるところも好きな理由のひとつ。

 

f:id:kachokoo0130:20180514021750j:image

パーフェクトブルー

今敏のアニメ作品。

アイドルの主人公がただただ自分を見失っていくストーリー。

精神病的な解離症状をファンタジーチックに、かつスリリングに描いている。

アイドルに限らず、ファンによって成り立つ職業というものは、自分自身でないファンに作られた"自分"が一人歩きしていくものなのかもしれない、と思わせる映画。

今敏監督といえば"パプリカ"が有名だが、海外ではこちらの方が人気らしい。

 

f:id:kachokoo0130:20180514022525j:image

AKIRA

大友克洋の原作・監督作品。

2019年、東京五輪を翌年に控えた第3次世界大戦後のネオ東京を舞台に、不思議な能力や"アキラ"の謎に巻き込まれていく健康優良不良少年の話。

セル画独特の陰影による"ネオ東京"の雑多な雰囲気や、こだわったと言われる「喋る口の動き」も、この映画の良さのひとつ。

先日アカデミー賞を受賞したギレルモ・デル・トロも愛したとされ、現在公開中の「レディープレイヤー1」にも登場するなど、海外人気も高い。

私は「これ以上に最高なアニメ映画を見たことが無い」、と言いきれる。

 

 

以上。

変動あれば、また書こうと思う。

親と子と孫

 

先日、2月22日の猫の日にひいばあちゃんが死んだ。102歳で、もうすぐ103歳だった。

母方の祖母のお母さんで、猫と花が好きで、タバコを吸いながら花札とパチンコをするような人だったらしい。

らしいというのも、私はひいばあちゃん(以下タミばあ)に会ったことはほぼなかった。

 

私がタミばあに初めて会ったのは7歳か8歳の夏休みで、祖母宅に遊びに来ていた時だった。

痴呆が始まって施設に預けたが、タバコを吸うわパチ屋行くわで強制退去となり、仕方なく故郷・奄美から祖母の嫁ぎ先の鹿児島まで来たのだと聞いた。

 

比較的穏やかな祖母に対して、タミばあは常に怒っていた。

また、祖母の旧姓とタミばあの苗字が違っていたことも相まって、私は

「この人は私のひいばあちゃんじゃないんだ」

と思い、怖がり、自然と避けるようになった。

大人になるにつれて、タミばあが痴呆の初期症状で怒りっぽくなっていたことも、祖母が親戚に養子に出されたために苗字が違っていたことも分かるようになったが、

他人かもしれない、という気持ちが作った溝はそう簡単に埋められなかった。

 

タミばあが死ぬ一週間前、そろそろ危ないと聞いて7年振りぐらいに母と祖母と一緒に会いに行った。

病室へ行くとタミばあはベッドで眠っており、その顔は浮腫んで、骨格も歪み、7年前より変わり果てた姿はより一層他人感を強くした。

祖母はタミばあの世話をし、母は奄美民謡のCDを流す中、私はファミマのうどんを食べて早く帰ることだけを考えていた。

 

ぼやあっと過ぎていく時間の中で、ふと祖母が

「タミばあは何かを握らないと不安がる」

という旨の話をした。確かにずっと、ベッドの柵をぎゅっと握っている。

祖母は不安がることよりも、ステンレスの柵にタミばあの体温が奪われることを気にしているようだった。

「じゃあ手を握ってあげよう」

と言うと、母はタミばあの手を優しく柵から外し、その手をぎゅっと握って、

そのまましばらくタミばあの手を親指の腹で撫でたり、握ったり、たまに民謡に合わせて踊らせたりもしていた。

私はただ、その様子をじっと見ながら、まだうどんを啜っていた。

 

そういえば、最後に母の手を握ったのはいつだっけ。

祖母の手を握ったのはいつだっけ、いや、そもそも握ったことあったっけ。

2人の手を握れるのはあと何回だろうか。

 

母がタミばあの手を握って、子供みたいに楽しそうにしているのを見て、そんなことを考えていた。

そんなことを考えていると、だんだん「私もタミばあの手を握ろうかな」「いやでも…」という気持ちになってきて、

うどんを食べ終わる頃、私はタミばあの手を握ってみることにした。

まともに喋ったこともないのに…とか、握った瞬間怒られたら…とかグダグダ考えつつも、いざ握ってみるとなんてことの無いただのヨボヨボなおばあちゃんのヨボヨボな手だった。

ヨボヨボな手は私の手をぎゅっと力強く握り返してくれた。眠っているとは思えないほど力強かった。

どことなく、母の手に似ていた。

 

それから一週間後、タミばあは死んだ。

祖母と私はタミばあと同じ飛行機に乗り、3人とも久しぶりに奄美に帰った。

102歳ということもあって、祖母が覚悟と準備をしっかりしていたため、葬儀場の予約も飛行機の手配もスムーズに済んだ。

祖母が淡々とそれらの手配をし、私を含む家族一同はそれに従うという、どこか淡白な雰囲気で葬儀は進んでいった。

 

葬儀最終日、火葬場に向かう時、家族一人一人がタミばあに挨拶をして、順番に棺に花を入れた。

まずは長女、次女と年齢順に挨拶をしていき、三女の祖母の番が回ってきた時、

やっと祖母は泣いた。しかも、子供が駄々をこねるみたいに大泣きした。

順番が終わっても棺から離れず、しきりにタミばあに触れ、「母ちゃん、母ちゃん」と泣いていた。

そんな祖母を見て、私は自分の番が来た時、なんとなくタミばあの手を握った。

ゴム人形のようだった。

その後葬儀場を出発し、火葬場に着いても祖母は大泣きし、火葬のボタンを押す時も、いやだいやだと駄々をこねながら泣いていた。

その日はずっと、祖母は子供のようだった。

 

 

タミばあは最後まで私をひ孫にしてくれなかったが、最後に私の祖母と母を、子供と孫に戻して帰っていった。

小さい頃の「母は生まれた時から母なのだ」という勘違いが、大きくなるにつれて勘違いだと分かっていたはずなのに、

実際には分かっていなかったことを、タミばあに思い知らされた。

祖母や母が子供のように振る舞い取り乱す姿に、動揺したことがとても恥ずかしかった。

そんな分かってる風な・大人ぶった振る舞いが、タミばあのひ孫になれなかった原因のように思えた。

 

タミばあちゃん、

あなたが死んでから2ヶ月が過ぎて、こんなことを書いても仕方ないとは思うが、

しかし、2ヶ月を過ぎてもあなたのひ孫になれなかったことを悔やんでいる私がいる。

これまでの人生であなたを思うことなどなかったのに、手を握ってから、あなたのことを思う日が沢山ある。

もし天国という場所があって、あなたがそこから私を見ているのなら、

夢の中でいいから、一緒にタバコ吸いながら花札をしよう。屋仁川で酒を飲もう。花を育て、猫を可愛がろう。

きっと私たちは仲良くやれるはず。

約束ど。

では、また会う日まで。

 

 

嫌なおばさん

 

中学生の頃、好きなバンドの曲を聴いていると父が

「今のバンドは似たり寄ったりだな」

と苦笑するのが、すごくすごく嫌いだった。

この様な経験は、いかなるキッズも全員が通る道で、例えばバンドキッズでなくアイドルキッズだったとしても

前田敦子以外はみんな同じ顔だろ」

と笑われた事があるはず。

 

私はあの純朴な中学生のとき、

「私は大人になっても絶対そんなこと言わないぞ」

と心に誓った。神にも誓った。イエス・キリストにも、ブッタにも、天照大御神にも。

 

 

先日、私は鎮座DOPENESSを聴きながら関連アーティストを漁っていた。

そのときとあるバンドを見つけて、

「あー…そんな好きじゃないけど、篤史くん好きそうだし教えちゃろ」

と思い、家に帰り、篤史くんに聴かせた。

すると篤史くんは、もっと良いバンドがいると教えてくれて、スマホをぽちぽち、すぐに音楽が流れた。

 

おお、お〜……あ…あれ????

私が教えたバンドを流していないか?

 

曲が全く違うことは分かるが、バンドサウンドとしての違いが全然分からない。

声も同じ、ギターも、ベースも、歪みのかかり具合も、ドラムが刻むリズムの癖も、全部同じように聴こえる。

 

 

私は悟った。これは老いだ。

今まで大人達がキッズの私に対して言ってきたことは、老いによる、老化現象による、感覚の鈍感さがもたらした悲劇だったのか。

神よ、キリストよ、ゴーダマシッダルータよ。

私は罪を犯しました。嘘をつきました。

 

ごめんよ、ごめん。

私は嫌な老け方をしている。

しかし、音楽の好きなみんなが薦めてくれる音楽に対して、私が微妙な反応をしめしても、どうか怒らないで。

老いたのだ、と笑ってくれ。

「どっちがバンド名でどっちが曲名?」

と聴いても、どうか呆れないで。

「ベースの人、どっかで見たことある」

と言っても、それが勘違いとしても、そっと受け流して。

私を嫌なおばさんとして扱ってくれ。

そして、昔みんなを傷つけた大人達を許してくれ。

 

 

もうすぐ22歲、まだ若いと思っていたけど、死は確実に近づいてきている。

 

 

 

懇願

 

 

今日分かったことがある。

ひとつは、私は寂しいとべらべらと喋るようになること。

ふたつ目は、それで相手をウザったい気持ちにさせ、怒らせ、余計に寂しくなること。

今日も私は寂しくなり、人の家に押しかけて飯を貰い、延々と大きい独り言を言って相手をイラつかせてしまった。

前には、寂しい気持ちをTwitterで消化させようとしてべらべらツイートし、後々友人からミュートしてることを知らされたこともある。

(だからTwitterはあまり呟かないようにしている。)

 

いつもは全部過ぎた後に気づくので何故寂しいのか謎のままだが、今日は寂しい最中に気づいたので、原因もなんとなく分かる。

 

私はさっきまで祖父母宅に遊びに行っていた。

お互いの近況を話したり、家族が抱える問題を相談し合ったりした。

その時、ふと祖母が

「どうしてあんた達姉妹はそんな暗いのかね」

と言った。

 

こっちが知りたいよ、と思った。

私と姉は発達障害の疑惑があって、二人とも精神科の既往歴があって、二人とも不登校・休学・中退の経験がある。妹は絶賛不登校中だ。

こんな三姉妹いるかよ、変だよ、暗いよ、と私だって前々から思っている。

ていうか「暗い」でまとめるな。まとめてくれるな。

 

私は「発達障害だからじゃない?小さい頃から失敗して怒られて、そこからくる学習性無力感の暗さかな」と適当に返した。

いや、適当というより願望を言っただけだった。

もうただただ病気のせいでずっと辛いだけで、病気が治れば幸せになれると思いたい願望。

私の生き辛さの中にある希望だった。

 

しかし祖母はそれを一蹴し、

「チビが怒られて落ち込むわけがあるか」

と笑った。

わお、と思った。

わお、と思って、そのまま人の家に行って、勝手に大きな独り言を喋ってイラつかせた。

 

家の鍵を月2で失くしてた私、学校のプリントを見せるのを忘れてた私、毎日部屋を汚す私、予定が崩れると泣きわめく私、貧乏ゆすりが止まらない私、学校で毎日保健室に行く私。

それを滅茶苦茶に怒る母。

外に閉め出されても、傘で殴られても、泣いて懇願されても改善できなくて、小4から死ぬことばかり考えてた私。

全部辛いけど受け止めなきゃいけないことで、私はまだ受け止めようと頑張っている最中だったのに。

祖母の「チビが怒られて落ち込むわけがあるか」という一言で、なんだか無駄なことのように思えて、辛い自分が無かったことになった。

それが寂しい。

どうしたらいいの、という寂しさ。

しかもその寂しさを解消させようとすると人を怒らせて余計に寂しくなってしまう。

 

もう本当にどうしたらいいの。

 

今日はとりあえず、寂しいと人を怒らせてしまうことが分かったので、寂しいときは黙って家にいることにする。

誰か助けてくれ。

 

 

 

庵野作品は分かりにくい

 

 

昨日シン・ゴジラが地上波上映されていた。

私は公開当時ミッテ10に姉と二人で見に行って、上映中感動と興奮で号泣し悶絶した。

帰る際に隣を見ると、姉とその奥のミリタリーオタクの青年たちも目を真っ赤にしていたのを覚えている。

 

昨日の放送後にツイッターを見てみると、シン・ゴジラについてのツイートが沢山されていた。

豆知識や感想のツイートが多かったが、中には「よくわかんなかった」「つまらん」という意見も散見された。

実際、公開当時もこういう意見の方が多く、私が見に行った映画館でも席が全然埋まっておらず、その中でも見に来ていた私たち姉妹とミリヲタ青年たち以外の数名は苦笑しながら帰っていった。

 

というかそもそも、あの当時人気絶頂のアニメ・エヴァンゲリオンの最終回を主人公の精神世界の描写で終わらせ、挙句その補完映画を作るも「まごころを、君に」を完成させてしまう庵野秀明監督の映画なのだ。

「面白い!」「感動した!」という声の方が少ないのが当たり前なのである。

私は庵野秀明監督のファンで、ミリヲタ青年たちと姉はミリタリーファンだから楽しめたのであって、一般的な怪獣ものを期待している人がつまらないと感じるのは至極真っ当な反応だと思う。

なので、シン・ゴジラを含む庵野作品に関して、私はいろんな人に「1回見てみてよ」と薦めることには薦めるが、「つまらんかった」と言われれば「ふーん」としか思わない。

 

しかしだ。

今回つまらないという意見よりも多く見られたのは

「すごく早口で分かりにくい。もっと分かりやすい映画になったらもっと面白いのに。」

という意見だった。

もうこれに関してはうるせえバカの一言に尽きる。

この発言は、宮崎駿

「もっと目とおっぱいがデカくてエロい幼女と一緒に共同生活するみたいな、エッチな日常系アニメ作ってくださいよ〜〜www」

と言うようなものである。恥を知れ。

 

庵野秀明の作品は主軸のストーリーの他に、登場人物全員の人生や今までの経験で得た価値観を描くことが多い。

また、その登場人物たちにそれらを詳しく語らせるわけでもなく、回想シーンが沢山入るわけでもなく、主軸のストーリーの中での行動・言動で性格を描いていくのだ。

なので、いかんせん情報量が多い。

 

例えば、シン・ゴジラから、通称内閣総辞職ビームのあと矢口蘭堂巨災対メンバーに対してスピーチをするシーン。

このシーンで一瞬だけ高橋一生演じる安田が映るが、その目は涙を溜めながらも強い意思を持っている。

 

f:id:kachokoo0130:20171113191911j:image

 

何も説明はないが、彼があの一夜の悲劇で大切な人を亡くしたことが痛いほど伝わってくる。

ファンの間では恋人という説が上がっているが、私はおばあちゃんだろうと思う。

このずっと前に、彼は同じ巨災対メンバーの尾頭に対して

「冗談ポイですよ、尾頭さん」

と言っているシーンがある。

このポイは「〜のようだ」という意味のものではなく、「捨てる」という意味のものらしく、おばあちゃん世代の人達が若い頃に「冗談は捨ててしまえ=やめなさい」というような意味で使っていたらしい。

親しい人の癖は伝染る。口癖も例外ではない。

きっと安田のおばあちゃんがよく「冗談ポイだよ」と言うのだろう。

それが伝染るぐらいなのだから、相当なおばあちゃんっ子に違いない。

この「冗談ポイですよ」でおばあちゃんっ子を匂わせておいてあの瞳の描写は、大切な人=おばあちゃんの布石ではないかと思われる。

 

こんな一瞬にも彼の生きてきた人生と価値観が詰まっているのだ。

その上複雑な政治事情やゴジラについての説明が入れば、図らずも早口になってしまうのは当然である。

 

 

また、話は変わるが本作のゴジラについて

ゴジラを災害として描いている」

というのも、少しだけ違っていると感じる。

このシン・ゴジラでの「ゴジラ」は巨災対や政府から「災害」として扱われ対処されているだけで、成長や進化をする普通の生物であることは今までのゴジラ映画と変わらない。

例えば、件の内閣総辞職ビームのシーン。

 

( 動画URLhttps://youtu.be/wpGK-H8tiaM )

f:id:kachokoo0130:20171113194904p:image

f:id:kachokoo0130:20171113194910p:image

f:id:kachokoo0130:20171113194916p:image

 

 最初は咳き込むように煙を吐き出し、それが段々と赤い炎になり、そして最終的にビームになっていく。

途中ゴジラは何かに目覚めたように目をギョロリとさせ、空を仰ぎ、飛んでいるヘリコプターや周囲のビルを破壊していく。

このシーンを初めて観たとき、私は飼っている小鳥が初めて飛べるようになったときや、実家の犬が初めて大きな声で吠えたときを思い出した。

自分に自分が知らない能力が宿っていたことへの生命の気付きと驚き、それに対する喜び。

意味もなく飛び回る小鳥のような、楽しそうに無駄吠えする子犬のような、何も知らない子どもがはしゃいで遊んでいる様子が僅かに伺える。

 たしかに見た目に愛らしさはなく、このシーンからも恐怖しか感じられないが、この恐怖は決して東京の街が破壊されていくことに対してではなく、

ゴジラって生きてるんだ」

という実感こそが恐怖を感じさせたのではないだろうか。

今まで被害は出しつつも攻撃してこなかったゴジラに対して、災害として扱ってきたことの「無機物感」「客観性」を全面否定し、

「お前と一緒で生きてるんだよ」

と言われたような絶望感が、このシーンを人気にさせている理由の一つなのだと思う。

 

ちなみに、

「なんでゴジラって手がちっちゃいの?」

という意見も多かったので加筆しておくと、ゴジラは食事をしない二足歩行生物だからだと思われる。

生物の器官というのは進化とともになくなっていくことがある。例えば人間のしっぽや、ハゲタカの頭頂部の毛などがそれである。

ゴジラは二足歩行生物なので歩行に前足を使わないし、食事もしないので狩猟に使うこともない。

ゴジラにとって手は全く不要な器官になっているのだろう。

しかし、完全になくなっていないのはゴジラが未だ発展途上であることを示唆しているのだと思われる。

この手が、核反応と第五形態の伏線になっているのかもしれない。

 

こうした何とも細かい描写や設定なんかが、庵野作品には数え切れないほどある。

庵野秀明監督はただただ自分のフェティシズム全開の映画やアニメをつくり、

それに対して私達オタクは、庵野作品を何度も何度も繰り返し視聴し、得意分野の知識を持ち寄ってそれらの不透明部分を補完していき、最後に庵野秀明のインタビューやメイキング動画、ファンブックなどで答え合わせしていくことに楽しみを見出している。

私達だけが分かればいい!ということではなく、庵野フェティシズムに付き合えないのなら無理して合わせなくていいということが私は言いたい。

「よく分かんないからもっと分かりやすくしてよ!」

と言うぐらいなら、「つまらない」と一蹴しワイスピでも見た方が良いのでは。