あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

昨日のこと

 

一昨日は最悪な日だった。

学校に行き、病気に関する配慮をお願いしに行った際に、医者から貰った診断書を渡したついでにコピーを貰ったのだが、

そこには大きく「双極性障害1型」と書かれていた。

あー鬱病じゃなくついに躁鬱になったなー、と思いつつもやもやとした気持ちを抱えながらTOEICの勉強をしていた。

 

私はある程度の精神医療の知識がある。

だから鬱病双極性障害の傷病区分が違うことも知っているし、より複雑になってしまったこともよく分かった。

もやもや、もやもや

いやまあ、分かってたけどね。

今日はお酒を飲もう。

そう思いお酒とつまみを買って帰った。

 

そこに急にまつきよさんからLINEが入った。

「きしゃばで飲もう」

とのことで、でも金がないから家に来たら酒ありますよ、と誘い返した。

30分もしないうちに来て、私の好きなおつまみを追加で買ってきてくださった。

 

私は息付く間もなくすぐに

「躁鬱になりましたよ」

と伝えた。特に何も期待せず、報告として。

すると瞬間、まつきよさんは爆笑して、笑いで途切れ途切れになりながら

「段階、上がったね!」

と言った。

 

これだ、私が欲しかったのは!

今日・及び昨日のもやもやに対する酒はここにあった!

嬉しくてたまらなくて、全部話した。

まつきよさんは全部笑った。

まつきよさんも話して、私も全部笑った。

 

そんなこんなで昨日の4時まで語らい、煙草と酒を飲み、薬も飲まずにすっと寝た。

起きたら10時で、お腹も空いていた。

なんていい夜だったんだ、としみじみ思った。

 

 

昨日はイベントにお誘いする人と篤史くんとの予定があったので、まつきよさんの買ってきてくれた柿の種を食らい、さらっと準備をして磯に向かった。

お誘いした彼は私と全く同じ趣味を持つ人で、彼の車で流す私のiPhoneの音楽を彼は

「俺のiPhoneかと思った」

と笑っていた。

 

磯のカフェでパスタを食らいながら、イベントに関する話をした。

私は彼にDJもしくはトラックメイクなどをして、作品があれば展示してほしいとお願いすると、彼は

「実は俺コラージュとかやってるんすよ」

と今までの作品を見せてくれた。

 

その作品群を見て、私は中高と描いていた自分の絵を思い出した。

人型や犬型に切り抜いたメモに、機械仕掛けの骨格を描いていた私。

もっと可愛い絵を描いたらいいのに、と言った担任の先生。

あまり知られてない好きなバンドのフライヤーを描くのが趣味だった私。

なんで忘れてたのか不思議に思うと同時に、この人に頼んで良かったと思った。

 

そこから篤史くんの打ち合わせや最近聴いているアーティストの話を終えて、解散し、帰ってきてから優しい昼寝をした。

起きてからもお腹が空いていて、ご飯を1合も食べた。

 

傍から見れば普通の日常かもしれないが、私には最高の24時間だった。

イベントもきっと最高のものになるだろう、と確信した。

なんという日、なんという日常。

最高、最高だ、と噛み砕きながらまた今から眠りにつく。

たぶん来週も幸せに終われるだろうと夢見る。

 

 

 

最近の私うるさいよな

 

近頃気絶したように眠り、何かに駆られたように起きる毎日が続いている。

病院の先生の処方箋いわく、躁状態になっているらしいのだ。

躁とは鬱の対局で、テンションの上がり下がりが激しすぎる状態に私はいる。

 

ここでの不安はイベントのことで予定を詰めすぎていることで、最近よく

「イベントの打ち合わせ、行けないほどの落ち込みがそのとき来たらどうしよう。」

とばかり考えている。

全然そんなこと考えても意味が無いのに。

 

そんな不安を抱えながら、強い眠剤を飲み、泥のように眠り、そうかと思えば夜中にすっと起きて、あれやこれやと計画や活動を始めるのだ。

こうしてる間に、篤史くんがいびきをかいて寝ているのを見ると、ひっぱたきたくなるほど憎くてたまらなくなることもある。

 

みなが布団から出れないよ〜と嘆く中、「布団にいつまでも入っていたい」と嘆く。

一見同じ、本質が全く違う。

眠れない、寝たい、眠くならない、寝たい

動き回りたい、寝たい、活動しなきゃ、寝たい

そんなことを考えている内に体重がみるみる落ち(6月だけで4kgも落ちた)、でも笑いながらべらべらと喋り一日が終わる。

 

イベントについても、自分的にはナイスアイデア!最高だぜ!と発表し、計画もさらけ出しているが、

どうしても反応が薄く、それは私がうるさいからだな、と帰因してみるも

「本当は変なアイデアなんじゃないか?」

躁状態の無敵感によるものなだけだろ」

「みんな気を使ってるんだ」

と囁く自分がいて、でも涙も出ないしへらへらとしている。

 

打ち合わせ、という名のお茶会は10・15日にあるが、そこではみんな本音で語り合おう。語り合いましょう。

そうしなければ、私が不安なんです。

お茶会をしてから出演を決めてほしい。

 

しかしまあ、こんな不安を抱えつつもイベントはやる。やらねばならぬ。

今最も出てほしい3人に声をかけ、2人に声をかけようとしている。

この人たちなら私のやりたいことを受け止めてくれるはずだ、と感じる5人だ。

しかし欲を言えばあと2人に出てほしい。

もし、興味を持ってくれている人がいたなら、7月中に会ってお茶しよう。

そこであなたの美しい話と、私の思う美しさの話をしたい。

その擦り合わせができるとお互いが感じれた時、出演を決めてほしい。

待っています。

 

「生きづらい」ってなんで言ったらダメなの

 

私はメンヘラ.jpというサイトをよく利用し、ときに記事を書いたりもしている。

menhera.jp

 

最近の私の興味関心は、この世間一般に言われるファッションメンヘラ達で、特にSNS自傷行為をさらしたりネガティブな投稿をしている人たちに興味がある。

 

彼らは、我々が

「朝起きなきゃなのに起きれない…」
「風呂入らなきゃだけど入れない…」

という矛盾に苦しむのと同じように、

自傷で気を引こうとするの止めたいのに止められない」

という矛盾に苦しみ、困っているのです。

違いと言えば、(言い方が悪いかもしれませんが)エンタメ性に富んでいるために話題に上がりやすく、また、話題に上がりやすいために「一般に広まるメンヘラの代名詞」として風俗化してしまったことぐらいではないでしょうか。

その上、風俗化してしまったせいで当事者に病識がないのか、治療や支援に繋がっていないことが多いのです。

このとき計画を立てていた卒論の研究内容が『ヘアカラーの派手さと自傷行為の関連性』だったためか、この記事では特に「自傷行為を投稿する人」をあげているが、 これは「ネガティブな投稿をする人」にも当てはまると考えている。

 

『ネガティブな投稿をする人』というのは、ネガティブな投稿をした後に「うざくてすみません」「心配しないで」「後で消します」ということを言う人がかなり多い。

理由は簡単で、そういう投稿をすると「大丈夫?」と半笑いで聞いてくる人と「うざいからやめろ」と言ってくる人が過半数を占めているからである。

実際私も地元の友人に「お前のツイートうざいからミュートしてるわw」と言われたことがある。

加えて、最近はそうしたネガティブな投稿を通報されてしまうと、1週間程度のアカウント凍結とやる気のない相談窓口(営業時間10〜17時)への案内をされるらしい。

 

生きづらいことを口にするとなぜいけないんだろう。

別に極端な思想を語っている訳でもないし、誰かを傷つけるような暴言を吐いている訳でもない。

 

f:id:kachokoo0130:20180628165125j:plain

 

この子は私の愛鳥の月亭可朝氏だ。(おっぱいがボインとしている)

彼は困ったことがあると助けを求めたり、寂しいときにも「ぎゅーぎゅー」と鳴いて私に知らせてくれる。

助けというのは「俺がぶん回したブランコが引っかかった、戻せ」とか「ダイエットなんざ知らねえ、餌を増やせ」とかである。

私はそれらの要求をほとんど飲むが、ときたま無視もする。面倒だからだ。

 

動物たちでさえ、自分の中の『生きづらさ』があり、それを助けてもらったり助けてもらえなかったりしながら生きている。

それでも愛情を感じて、寂しいときには求めたりもする。

「大丈夫よ」と言うだけで安心して眠りにつく。

『ネガティブな投稿をする人』も同じようであってほしい。助けてもらったり、助けてもらえなかったりしてほしいのだ。

なぜ、生きづらさを黙る必要があるのだろうか。

 

実はこうした生きづらさを言い合って、解決に導いたりする「当事者研究会」というものが各地に存在する。

しかし、私が思うにこうした会は結構ハードルが高いようにも思う。

当事者研究会」という名前もそうだし、会費が千円〜であったり、固い雰囲気の中行われるものもあれば和気あいあいとした雰囲気の中で行われているものもあるが、実際行ってみないと自分に合ってるかどうかも分からない。

 

 

そこで、私は最近ポップカルチャー(音楽や絵など)とこうした当事者研究会を組み合わせたようなイベントが開けたらなあと考えている。

まだ考えているだけで企画・計画もまだだが、

・できる限り低価格で参加できる

・演者にノルマをあまり課さず、条件は「精神的生きづらさを感じてる人」

・お客さんは元気な人でも元気じゃない人でもよい

・前半1時間程度は「生きづらさ」などのテーマを語り合い、後半は絵を描いたり歌を歌ったり、グッズを売ったりする

・大きなイベントではなく小さなイベントにしたい

みたいなイベントがあったら面白いかな〜と思っている。

もしこのブログの反応がよかったら、しっかり計画して開催してみようとも思っている。

まあ、私自身今は忙しく元気がないため、まだまだ先の話になるだろうと思うが。

 

みなさんどうでしょうか。

感想待っています。

 

 

 

追記:詳しいことを企画書的な感じで纏めました。これも是非。

 

 

目的

昨今、「生きづらい」ということに制約がかかっているように思う。「迷惑がかかる」「嫌な気持ちにする」という理由で“生きづらさ”を発信することが抑制されるのはおかしい。

 そこで、私は「当事者研究的ライブイベント」を開催したいと思う。この当事者研究とライブイベントをリンクさせたのはいくつかの理由がある。

  • 当事者研究会はハードルが高い…生きづらさを口にする場の代表「当事者研究会」は名称的にも、参加費的にも(多くが千円以上)、誰しもが参加するのは難しいように感じる。加えて鹿児島は少ない。
  • 「生きづらさ」を誰もが口に出し、誰もが許容される場を作りたい
  • 自分の周囲からそうしたムーブメントを作りたい…ハードルの低い当事者研究会を作るには様々な選択肢があるが、まず自分の周囲から、自分の手札でムーブメントを作っていきたい。そのため、周囲の人に対して話題性があるコンテンツとしてライブイベントとリンクさせたい。

 

方法

演者…司会者二人(“生きづらさ”代表の私とそうでない代表の人)と、辛さを言葉や作品にしている議論者5〜6人(バンドマンや絵描き、ダンサーなど)

流れ…まず、議論者の「つらいときに作った作品」を一人一人紹介していく(自己紹介的に)。そこに対してそれぞれ意見を言ったり、感想を言ったりする。

 次に、おのおのが感じている“生きづらさ”を話していき、意見を言いつつ進める。

 いったん休憩をはさみ(そうでない人代表司会者が歌ったりするのもあり)、その後先ほどの“生きづらさ”がどうして起こっているのか議論していく。

 ここまでの流れを60分〜90分ほど続けたあと、議論者のライブをする。(このとき、できれば最初に紹介した曲等をする)

 

ルール

  • 議論中、誹謗中傷をしない。
  • 話を遮らない。意見がある場合は挙手する。
  • 途中退室可。議論中であってもライブ中であっても強制はしない。
  • 笑いが多いイベントにする。泣いても全然OKだが、暗い雰囲気にはしない。
  • イベントを営利目的にしない。グッズの販売などはOK。

 

 

今のところ、ここまでの計画がたちました。

今後の進捗も楽しみにしていてください。

 

 

 

 

 

学問について

 

昨日、元気がないなりに元気だったので外出し、好きなものを買い漁り、素敵な絵を見、素敵な人たちと会話をした。

その会話の文脈で私の苦手な人(以前ブログにも書いた)が出てきて「わ!」と思い、帰って心休めようとTwitterを見てたらTLにその人のツイートが回ってきてまた「わ!」となり、

そんなこんなで今日目覚めたら元気がなかった。

 

f:id:kachokoo0130:20180627094515j:image

その時に買った283さん(Twitter @283__________  )のポストカードを、以前篤史くんが買った原画の隣に飾った。

283さんの絵はアクリルだが、油絵のようなタッチで描かれる雰囲気と、胸にチクッと刺さるような題材がとても好き。

みなさんも是非。

 

話は戻るが、

私は現在心理学を勉強していて、卒論を書いている。

学士の卒論なんてテキトーでいいのだろうが、私は心理学が好きなので本気を出して取り組んでいる。

心理学に本気を出して取り組むとなると、心理学の知識に加え社会学統計学、人間進化論や医療などの幅広い知識を持っていなければならない。

また、それがとても楽しい。

 

私はそういう「学ぶのが楽しい!」という瞬間、大切にしていることがある。

それは「論破しようとしない」ことである。

これはどこかの大学の教授がゼミ生に言った言葉で、私はこれを聞いたときにハッとして、己を鑑み身を正そうと思った。

「論破しない」というのは何も「言い負かすな」という意味ではない。

これは「自分の持つ知識を偉そうに振りかざさない」ということである。

私はこの言葉を聞いてから、同じゼミの子と意見交換をする際や、自分の卒論の内容を紹介する時には、できるだけ専門用語を出さないようにしたり、使っても説明を加えるようにしている。

 

意外と「論破しない」というのは難しい。

誰しも自分が何かひとつに精通していると感じると、自ずと自慢げに披露したくなるものだし、偉そうにしたくなるものである。

でもそうした人から学ぶと、意図せずとも"学び"は受動的なものだと受け取られてしまう。

"学び"は能動的なものである。

自分から沢山の知識を様々な角度から得て、自分の意見を持ち、たまには誰かと議論して楽しむものである。

1人から「こうだ!」と言われて皆が頷くようじゃ、"能動的学び"とはいえないと思う。

 

また、何かひとつに精通していると感じて「論破」してしまうと、その他の何かを学ぼうとしなくなる。

例えば私の苦手な人はある時、

「歳を取りたくないと感じるのは、若い人が若い人にしか憧れないからだ。老人にかっこいい人がいないからだ。」

と述べていたことがあるが、私はそうじゃないと思う。

彼は批判的哲学を主としているので、たぶんイマヌエル・カントが好きなのだと見受けるが(追記1:実存主義だったらしい、決めつけてすみませんがそれでも以下の論理は変わりません)、「カント」と言われ浮かぶイメージを思い出してほしい。

おじいちゃんではないか?

彼の3大批判書の最初である「純粋理性批判」を出したのなんて50代後半だし、残っている写真も老けた顔である。

もうこの時点で彼は矛盾している。

 

f:id:kachokoo0130:20180627101637j:image

(カントの比較的若い絵)

 

また、「歳を取りたくない」と感じることは死生観に関する様々な研究で既に論じられている。

死生観とは字のごとく「死や生にまつわる観念」のことだが、研究では老人よりも若い人の方が死を恐れているという結果が多く出ている。

歳をとるということは死に近づくと言うことだ。

若い人が「歳を取りたくない」と思うのは、ただ単に「死に近づきたくない」ということではないのだろうか?

 

さっそく「論破しない」と言って論破してしまったが…

私のこの意見は哲学・心理学・社会学統計学の知識によるものである。

たぶん、彼の意見は哲学によるものだけなのだろうと見受ける(追記2:これも決めつけだったようで、心理学なども独学で勉強しているらしいが、独学ということは主観が混じってる知識ということになると思うので以下の考えも変わりません)。

多くを学ぶことで「批判」は成立するが、彼は現在一般に主となっている考えに逆張りしているだけではなかろうか。

 

私は彼のことが苦手だし、見ないようにすればいいだけの話だが、どうしても見てしまう時がある。

そしてそうなったとき変な気持ちになり凄く落ち込むし、そうなってる人は多々いるだろうと思う。

"彼"というのが誰か分かるように書いているが、これは私の彼に対する批判が届いてほしいからである。

届いた時、彼が「論破しないこと」の本当の意味を分かり、学ぶことの楽しみをしれたらなと思う。

そして私が彼を見るたびに具合が悪くならないようになってほしい。

 

追記3:

お返事が来て修正しましたが、私の意図は伝わってないようでした。

特に「論破しない」ということの意味。学ぶことについては「そういう議論をすること自体が古い」と言われました。

また、「論破できてない」「無礼な人だ」など言われましたが、私の考えも彼と同じく変わりません。

これからは最終手段としてブロックミュートしときます。逆になぜ今までしてなかったんだ。

このブログを読んでふぁぼなどしてくれた人はありがとう。

 

 

挫・人間はカウンセリング

 

ブログを書き出す前に、

私はまず謝らなきゃいけないことがある。

最近私に連絡をくれた方々、返事を返さなくて本当にごめん。

 

というのも、現在私は鬱病真っ盛りの不眠症真っ盛りで、眠剤と安定剤と耳栓&アイマスクでようやく眠れるような日々を送っている。

こういう時、私はLINE・電話の着信音が怖いので、なかなか返事が返せない。

元気になったらLINEします。ほんとごめん。

 

そんな私、最近は音楽もまともに聴けない。

先日くるりで精神の安定を図ろうとしたものの、ハイウェイが「爆音の池田亮司」にしか聴こえず発狂し、布団に潜って泣いた。

(池田亮司は最高です)

 

しかし、こんな状態でも聴ける、というより聴かなきゃ頑張れない音楽もある。

それが「挫・人間」である。

挫・人間には中学の頃からある種お世話になっており、抑うつに悶え苦しむ夜を何度も救ってもらっている。

以前podoのサポートを下川さんがされていた時に対バンした際、ミーハー全開でサインを求めたりした失礼な私に「ありがとう、俺たち友達だよ」と仰ってくれた、超絶優しいお心の持ち主でもある。

 

f:id:kachokoo0130:20180622034403j:image

(その時の写真。怒られたら消します。)

 

挫・人間のどういうとこが好きなのか、というと「クラスの隅っこで絵を描いてた俺たち」を否定しつつも最後には全肯定してくれる、というか全肯定してこうよ、というスタンスである。(勝手な解釈です)

 

「クラスの隅っこで絵を描いてた俺たち」は正直ダサい。

私もクラスの隅っこで銀魂とナルトの絵をずっと描いてた。めちゃくちゃダサいし陰気だ。

しかもそういう奴ってずっと陰気で、私もいまだにエヴァンゲリオンを全部見返しては考察スレを徘徊し空が白んでいく…みたいな日々を繰り返してる。

インスタやTwitterを見れば同級生が結婚したり、昔好きだった男の子が海外留学してたり、

でも「クラスの隅っこの俺」は今も「クラスの隅っこの俺」。

 

 

ゲームボーイズメモリー

 

『朝が来て眠れない

僕のこと追い越した君はまだ

ポケモン言えるかな』

 

この歌詞が本当に好き。

朝まで眠れなくなるほどの憂鬱、周りに追い越されていく感覚。

でも結局私は「まだポケモン言えるかな歌える自分」でいたい。

歌えなくなるぐらいだったら追い越されてもいいもんね、という強がりだけど、

歌えない自分には絶対なりたくない。みたいな。

 

f:id:kachokoo0130:20180622041346p:image

(ちなみにこの歌詞のところでアベさんが飲んでるレクサプロ、私も愛飲してる。おそろっち。)

 

なんというか、強がりも言えなくなったら終わりだと思う。

強がり、いいじゃん!という(勝手に解釈した)挫・人間のスタンス大好きだし、

ずっとこんな顔で強がり言える自分でありたいとも思う。

 

f:id:kachokoo0130:20180622053210g:plain

 

"下川最強伝説"

 

この曲は共感の嵐。

巷では、冒頭の歌詞からP-MODELの「美術館出会った人だろ」のアンサーソングなんて言われているが、これは私のアンサーソングだ。

 

『根暗は知性の証なんだっつうの』

『なんで俺だけいっつもトイレ掃除なんだ』

『漫画の俺はモテてモテぬくのに

 書けば書くほど虚しいなあ』

 

共感すぎる。下川さんは私の分身か?

共感しすぎてもう辛い。

 

f:id:kachokoo0130:20180622043701j:image

 

『でも最近J-POPを聴くと

涙が溢れて止まらないのは何故なんだ』

 

この歌詞を聴いた時、もう共感に次ぐ共感で頭がおかしくなっていたのか涙が出た。

ロックンロール!と叫んで金髪にしたり、ギター振り回したり、オーケンみたいなメイクしちゃったり。

でも結局私はJ-POPで共感できる人生が送れない劣等感を抱えてるだけなのだ。

これは全く馬鹿にしてる訳ではなく。

もっと卒業式でGReeeeNとか歌って泣いたり、西野カナみたいなちょっと面倒くさい彼女になりたかった。

そんな私の気持ちを代弁するかのような下川さんのこの表情、泣ける。

 

f:id:kachokoo0130:20180622044244j:image

 

 

他にも好きな曲がたくさんあって、「天国」や「天使と人工衛星」「もう四日もしてない」「Tee-poφwy」「そばにいられればいいのに」などなど…

大いに語りたいものが沢山あるが(特にTee-poφwyのエヴァ最終話感の話)、今日はとりあえずこの2曲で止めておく。

 

とにかく、私が言いたかったのは、

「クラスの隅っこの俺たち」を直視させ、辛さを共有し、最後には肯定してくれる挫・人間は、もはやカウンセリングであるということだ。

今日も読んでくれてありがとう。

 

追記:下川さんからお返事頂きました

f:id:kachokoo0130:20180627192633j:image

 

 

 

 

テレポート・ミュージック

テレポート・ミュージック

 
品がねえ 萎え

品がねえ 萎え

 
もょもと

もょもと

 
苺苺苺苺苺

苺苺苺苺苺

 
非現実派宣言

非現実派宣言

 

 

 

最近聴いてるアルバム10枚

 

先日、バイトで知り合った女の子に「好きなアーティストとかいますか?」と聞かれた。

私は見栄っ張りなので、以前は誰も知らなそうなアーティストを上げたりしていたが、

「そういうことする奴はキモい」ということを思春期脱却と共に学習したので、近頃はよく聴いているCDを言ったりする。

そこで、映画に引き続き、私が最近聴いてる大好きなアルバムを10枚紹介していこうと思う。

 

 

1.アダムとイヴの林檎/椎名林檎tribute

f:id:kachokoo0130:20180529180836j:image

最近話題の椎名林檎のトリビュートアルバム。

なにより参加メンツが最高である。

中でも宇多田ヒカル、レキシ、藤原さくら田島貴男私立恵比寿中学が最高だった。

しかし、エビ中には「少女ロボット」を歌って欲しかった…と思ったり。

 

2.祝祭/カネコアヤノ

f:id:kachokoo0130:20180529181051j:image

カネコアヤノの最新アルバム。

これは全曲最高。

ずっと好きだった「ロマンス宣言」が入っているのも嬉しい。

最後の曲の「祝日」の歌詞も最高。

 

3. I Forgive You and the Anvil.../Rahm

f:id:kachokoo0130:20180529181529j:image

ブルックリンのアーティストRahmの去年のアルバム。

エレクトロ系で、リードトラックの「Fault」と「Wet Word」が話題になった。

このアルバムの「Tri I Tri O I Tri」から「Handholdhand」の繋ぎが最高。

 

4. I Had Blues But I Shock Them Loose

     /Bombay Bicycle Club

f:id:kachokoo0130:20180529182211j:image

ロンドン出身、2014年から活動を休止しているバンドのファーストアルバム。

篤史くんの友人に「ガリレオ好きなら好きっすよ」と勧められてハマった。

特に3曲目の「Evening / Morning」が最高だが、他の曲も全部かっこいい。

 

5. Lotus Blooms/Jeremy Ellis

f:id:kachokoo0130:20180529182942j:image

これはたぶんNative Instruments社のMaschineの宣伝動画で有名なJeremy Ellisのアルバム。

そしてもしそうだとしたら、JeremyがまだAKAI社のMPCを使ってる頃だと思う(たぶん…)。

全体を通してジャズっぽいリズムだが、要所々々にいろんな音楽の要素があって面白い。

9曲目の「Cortaron a Elena」が一番好き。

 

6. After Laughter/Paramore

f:id:kachokoo0130:20180529184227j:image

Paramoreの最新アルバム。

以前のイメージはAvril Lavigneの劣化版という感じであまり好きじゃなかったが、今作は「海外のバンドキッズギャルが聴いてそうな"ポップ感"」が増してて最高。

私の大好きなバンド"Now, Now"とよく対バンしているのを見る。

3曲目の「Told You So」が特に好き。

 

7. She/Alice Phoebe Lou

f:id:kachokoo0130:20180529185117j:image

映画の主題歌としてこの曲を発表し一躍有名になった、南アフリカ出身・ベルリン在住のアーティストのシングル。

アンニュイな歌声とアコギがめちゃくちゃ最高。

Youtubeにも路上ライブの動画が沢山上がっていて、「Mama」という曲も泣けてくるぐらい良い。

歌詞が良い。

 

8. SUNSHINE/AKADAMA BROS

f:id:kachokoo0130:20180529190402j:image

TAIGEN WATANABE(Bo Ningen)とMiss Hawaiiのユニットに鎮座DOPENESSが加入したという、それだけでもう既に最高なグループ、AKADAMA BROSのアルバム。

全員日本人のはずなのに、ドイツ・ハンブルクで結成されたという謎さも最高。

 

9.  UNDERTALE Soundtrack/Toby fox

f:id:kachokoo0130:20180529191336j:image

MOTHERに影響を受けて作られたというToby foxによるゲーム"UNDERTALE"のサントラ。

昔のファミコンっぽい特徴的なシンセとその他の音色のバランスが良い。

「Home (Music Box)」はわざとモタったりハシったりして、オルゴール感を出していて凄い。

一番好きな「Heartache」は、どんなシーンで流れるかを知っていると泣けてしまうタイトルと曲調で最高。

 

10. GUSTO/Especia

f:id:kachokoo0130:20180529191952j:image

去年解散した地下アイドル"Especia"のファーストアルバム。

このアルバム発売後に脱退した脇田もなりの歌声が独特で、何故か惹き付けられる。

このリードトラックの一つでもある「くるかな」のPVをはじめ、全体的になんか切ない。

一番好きな15曲目のリードトラック「YA・ME・TE!」の、ヤマタツっぽさとハロプロっぽさが混在している感じが最高。

 

 

こんな感じ。

ちなみに、上記のバイトの女の子には「ブルーノ・マーズ」と答えた。

結局のところ、「ウザくなく、キモくなく、ダサくない」を兼ね備えたアーティストはブルーノ・マーズである。

 

 

 

 

アダムとイヴの林檎

アダムとイヴの林檎

 
祝祭

祝祭

 
Rahm

Rahm

 
I HAD THE BLUES, BUT I SH

I HAD THE BLUES, BUT I SH

 
Lotus Blooms

Lotus Blooms

 
After Laughter

After Laughter

 
She

She

 
AKADAMA (2017) [feat. TAIGEN KAWABE] [Explicit]

AKADAMA (2017) [feat. TAIGEN KAWABE] [Explicit]

 
Undertale Soundtrack

Undertale Soundtrack

 
GUSTO [CD]

GUSTO [CD]

 

 

 

 

 

アンゴ

 

西郷どん奄美編も2回目。

とぅまが吉之助のトゥジ(妻)になり、「愛加那」という名前を貰った。

f:id:kachokoo0130:20180520205544j:image

このシーンの二階堂ふみちゃんがあまりにも綺麗で、思わず

「はげ〜、きょらさや〜」

とため息が漏れた。

 

 

 

しかし、以前にも言えたことではあるが、今回でより強まった違和感がある。

それは"龍家の人々が率先して畑仕事に参加し、時には罰を受けている"ことである。

龍家といえば、元は琉球王朝から支配を任されていた笠利為春の一族であり、琉球王国初代国王の父・尚稷王の血を引いているとされている。

そんな、いわば支配者側であった一族が"畑仕事をしている"のでさえ不思議なのに、

隠し砂糖による罰まで受けているのはとても違和感があった。

薩摩による奄美支配を描く演出としては重要な改変であるような気もするが、どうなのだろう。

 

 

また、今回の"愛加那がアンゴとして申し出るもそれを吉之助は断り、愛加那を正妻として迎え入れる"というストーリーは、

「男尊女卑へのアンチテーゼ」的な描かれ方をしているように見えたが、それは無理があるだろうと思った。

 

元々奄美では女性を軽く扱う文化があまりない。

というのも、奄美には黒糖以外の上納品として"大島紬"があり、それを織るのが女性の仕事であった。

そのため奄美の家では、女の子が生まれても稼ぎ手として大変喜ばれたと聞くし、

今でも島の家は男より女の方が元気で強い家が多い。

西郷どんの中で機織りをする女性が描かれていないのは、こうした背景が「アンゴを男尊女卑の象徴として描く」というストーリーに不向きだからだと考えるが、

アンゴは「ヤマトの流人を落ち着かせる為にあてがう一時的な妻」であるため、これを"奄美の男尊女卑"のように描くのは無理がないか…?と思った。

 

 

ここまで文句ばかり書いてきたが、ここで良い面をあげようと思う。

序盤のシーンで愛加那のバックに流れていた三線があったが、多分あれは「いきゅんにゃかな」ではないかと思った。

「いきゅんにゃかな」の歌詞は以下の通りだ。

 

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

わきゃくとぅ忘りてぃ

(私のことを忘れて)

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

うたちやうたしゃがいきぐるしゃ

(行こう行こうとはするけど行きづらいなあ)

そらいきぐるしゃ

(行きづらいなあ)

 

この恋人どうしの男女の歌を流すことで、愛加那の心情を描いていたのではないだろうか。

その後の、吉之助が将来自分の元を離れ1人になることを案ずるも、それでも良いと決意するシーンが、この歌でより一層強調されているように感じた。

(中村瑞希さんによるいきゅんにゃかな

https://youtu.be/EVMCmM9rgRE)

 

 

 

今回はアンゴのことを中心に描かれ、最後は幸せな描写で幕を閉じた。

来週からはまた波乱続きとなるのは分かっているが、この2人にはずっと幸せであってほしい…!と感じる回だった。