あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

その日暮らし

2020年9月6日のWALK INN TV!による配信、見てくださった皆様、そして協力してくださった安田映像研究所とキャパルボのスタッフのみなさま、本当にありがとうございました。

 

私は今日の配信を1人で家を真っ暗にして見てたのですが、スタッフとしてというより、昔の3人と仲良くなる前の自分と一緒に見てるような感覚でした。

 

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実を言うと、昔私はその日暮らしが嫌いでした。

18歳のときに対バンした清大さんと初めてお会いして、第一印象が

「なんじゃこいつ、怖。」

だったからです。

 

それから私はバンドを辞めて、でもライブを見に行く機会は度々あって。

そういうときその日暮らしが出ていると、私はSRのホールの入口付近、もっと言うとPA卓に入るところの横らへんでブスっとして見てました。

その度に毎回、

「クソが」

と思い、当時はホール内で煙草が吸えたから、沢山沢山吸いながら見てました。

でもそのイラつきの原因は、その日暮らしが毎回カッコいいライブをしていたからでした。

嫌いな人がカッコいいライブするのって、ムカつくじゃないですか。

私は当時、尖り散らしてたのです。

 

でも機会があってちゃんと清大さんとお話してから、それまでのことが嘘かのように彼に、彼らに惹かれていきました。

 

緋ちゃんはアホだし、世間知らずの私より世間知らずだなと思うことはあるけど、憎めない可愛らしさがあって、努力家です。

太珠は彼なりの理想像みたいなものがあって、それを信じてまっすぐ動いていて、すごく素敵だなと思います。そして頼りがいもあります。

清大さんは似ているところが多すぎて、私自身を愛すように愛し、嫌うように嫌ってしまいます。でも彼と出会って彼を愛するようになってから、自分のことも愛せるようになってきて、とても楽しいです。

 

そんな3人がいつも同じ先を見つめて、お互い目線を交わしながら、喧嘩もいっぱいするけど心の奥の深いところでキツく手を握りあってるみたいなライブをするのが、私はたまらなく愛おしいと今は思います。

 

 

今日はあの尖り散らしてた18歳の私が、暗い部屋の隅っこでブスっとしながら一緒に見てたように感じました。

やっぱり18歳の私はずっと不機嫌で、ガンを飛ばすように見ていました。

でも清大さんがMCで

「楽しいね、」

とはにかんだとき、すごくすごく涙が出ました。きっとこの涙は18歳の私の涙だなと思いました。

素直じゃなくて、尖ってるのがカッコいいと思ってて、なんも楽しくねえよバカってずっと思ってた私が、素直になれた瞬間でした。

 

ライブって、いくつになっても、どこにいても、誰といても、ずっとずっと楽しいものなんだなって素直に思うことができました。

 

清大さん、太珠、緋ちゃん、ありがとう。

これからもよろしくお願いします。

 

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親について

 

私は親を愛している。趣味を理解してくれているし、私がどんなことをしても何も言わないからだ。

しかし、先々週妹と親のバトルを仲裁して、その後妹と反省会という名の愚痴フェスティバルを開催したときに判明したのだが、どうやら我々は親から愛されていないらしいのだ。

 

というのも、私たちは幼い頃に親から褒められた記憶が全くない。

「全くないは言い過ぎだ」とか、

「それはお前らが愚女だからだ」とか、

様々な意見があると思うがここからの話をよく読んでほしい。

 

私は小学校中学校と成績優秀で毎年必ず学級委員長を務め、中学では生徒会役員にもなった。運動は苦手ながらも通知表ではいつも4を取っていたし、絵画や習字、作文、英語スピーチコンテストなどでもよく表彰されていた。

一方妹は成績は優秀ではないものの、運動分野ではかなりの成績を残し続け、いつでも持久走はトップをとり、運動の苦手な私はいつも羨ましくも誇りに思っていた。

 

そんな私たちだが、私は成績や学級委員活動に関して褒められたことはないし、むしろ怒られてばかりいた。初めての中学のテストで学年で5位をとったときも、親からは褒められるどころか「でも上にはまだ4人いる。」「お前は国語のテストの点数が低い(それでも85〜95だったと思う)から5位なんだ。」などと言われた。どうしても褒めて欲しくて頑張って3位になったときも「どうして1位じゃないんだ。」と笑われたことを覚えてる。

また妹も、持久走での成績を長女(足がそこそこ早い)と比べられて、「あの子は7位だったから、それ以上じゃないといけない。」と言われ必死に頑張り、姉の成績を超えたけど褒められなかったと言っていた。

 

そんなことが続くために、私は中学3年生から勉強することを止め、妹は走ることが嫌いになった。

 

こういった親の態度は幼少期からずっと続き、高校生になった私は精神的に参ってしまい、心療内科に通うことになった。そこで親と初めて「愛されている実感がない。」という話をして、親も「いい子になろうとしなくていい。」と言ってくれたことで、この呪縛から解き放たれたと勘違いしていた。

 

しかし、いざ親元を離れて生活していると、あれよあれよと問題にぶつかってしまった。精神病による大学の退学、悪化による入院、障害者として生きていこうという決意。それらの問題で親に助けを求めたことは幾度となくあったが、助けてくれたのは親ではなく友人や恋人だった。

親の言い分としては、「自分の問題なのだから自分で解決しなさい。」「こっちもお金がないから金銭的援助は無理だ。」(ちなみに両親はそれなりの職場に務め役職もトップであるし、貧乏ではなくむしろ金持ちだと思う)とのことだったが、私は「親は私に興味が無いのだな。」と感じた。

 

思い出して欲しい。私は冒頭で「私がどんなことをしても何も言わない」と書いたが、これは愛しているからという訳ではなくて、ただ単に興味がないからなのだろう。

 

なぜそんなに興味がないのだろう。

ちなみに、私と妹はこのような扱いを受けているが、姉は全くそんなことはなく、幼少期は分からないが現在は親からの助けを借りつつ褒められつつ幸せに暮らしている。そして私たちはそんな姉と比べられながら肩身の狭い思いをしている。

姉と私たちの違いはなんだ?と2人で考えたとき、私たちが出した答えは「世間的に立場がいい」ということだけだった。

 

姉は小中と友達が少なく、幼少期から発達障害の疑惑があったにも関わらずそれなりに学生時代を過ごしてきた。大学に入ってからは人間関係のトラブルなどがあり退学したものの、その後しっかりと地元のラジオ局に務め、パーソナリティとして毎日元気に働いている。

そんな姉を親はきっと誇りに思うだろう。地元の人たちがほぼ全員聞いているようなラジオに毎日出ていて、今まで幼少期から心配ごとはあったもののしっかり働けるようになって。

 

対して私たちは高校も行ってなければ大学も中退している、もしくはしそうになっている。私に至ってはそこから障害者手帳を取得し、障害者の就労訓練の施設に通っているのだ。

そりゃあ、姉と比べたくもなるだろうし、興味も薄れて助けたくもなくなるだろう。

 

しかしふと私たちは他所様の家庭を目にする。子どもが何か良い成績を残したとき、言葉でしっかりと褒めてあげる親。悩みを打ち明けても鼻で笑ったり嫌そうな顔をしない親。うちほど裕福ではないのに、困ったときに最大の援助をしている親。

比べてはいけないと分かっていても、自分たちの境遇に目を向けて辛くなる。

でも、逆にそうではない家庭もある。ネグレクトや虐待を受けていた友人や、借金などを理由に離婚した家庭の友人、宗教二世として異常な環境で育った友人。その友人たちは私たちよりも辛い幼少期を過ごしている。

確かに、褒められたことはなく愛されている実感もないけど、私たちは幸せな家庭で育ったのではないか?こんなことで辛くなっているのは、甘えではないのか?

 

意を決して、私はあるチェックリストを受けてみた。

毒親チェックリスト」である。

 

自分の親が毒親とは思いたくないし、なんならネットで落ちているこんなチェックリストを鵜呑みにするのも変だと思う。

でもここをはっきりさせることで、私たちはもっと前に進めるのではないだろうか。そういう期待を込めていくつかチェックリストを受けた。

 

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結果はどれも陽性(という言い方が正しいかは置いといて)だった。

自分の認識が歪んでいるのかもと思い、妹にも受けさせたところ、同じ結果だったという返事が返ってきた。

鵜呑みにするのは良くないが、どうやら我々は毒親育ちらしい。

 

きっとこの結果を受けて、高校生のとき「いい子を演じるのは止めよう」と決意したときよりは、もっと良い方向に進めるようになると思う。主治医に相談したり、カウンセリングも受けてみようと思う。

でもきっと、私は「親に愛されたい」という呪縛からは一生逃れられないのだと思う。早く気付いていれば、妹だけでもこの呪縛から逃してあげられたのにと後悔もしている。

でも、今からでも、私は妹を目いっぱい愛してあげようと思う。親が愛してると言わない分まで、褒めてくれない分まで、興味がなさそうにする分まで、たくさん愛して、褒めて、興味を持ち続けようと思う。

 

せめて、せめて妹だけはこの呪縛から解き放たれてほしい。それさえあれば、私は親の愛を諦められる気がする。

 

その日暮らしはみどり色

みどり色は生命の色である。と私は思う。

そびえる山々の偉大さ、路端の雑草の忍び、育てる花の若葉の芽吹き。

そういう草木の、自然からなる色は、生命の美しさを表しているし、だからこそ人は自然を前にすると圧倒されるのだ。

 

2019/6/14はその日暮らしという、私がスタッフをしているバンドの新しいミニアルバム「回想」のレコ発イベントだった。

県内外から出演して頂いた方々のライブを、カメラマンをしながらも全力で楽しみ、イベント最後、その日暮らしの出番がやってきた。

 

その日暮らしが演奏を始めた瞬間、私は彼らがみどり色に輝いているように見えた。

照明がどうとか、付けていたカラーコンタクトがどうとかいう話ではなく、彼らの周りにはみどり色の光が纏わりついていた。

カメラを構えつつ、なんて美しいんだろうと思った。

 

その日暮らしの物販などは青が多い。

しかし、私はその日暮らしはみどり色だなと常々思う。

なぜみどり色と思うかと言うと、ギターボーカルの清大さんの生死観が曲に落とし込まれているし、ライブパフォーマンスも3人の生命の鼓動を感じるからだ。

だから今回のイベントのバーカウンターにあった看板も、その日暮らしの文字を緑色で書いた。

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生命が偉大に芽吹き、忍び、鼓動を打つみどり色が、今回のライブでは彼らに纏わりついていた。

だから今回のライブは多くの人が涙し、愛し、喜んだのだろう。

 

今回、来て頂いた方々や出演してくださった方々には感謝と深い愛情しかない。

本当にありがとう。そして、感想をどんどんSNSで書いてほしい。

そして、またその日暮らしのライブに来てほしい。

是非、また。

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(写真:2019/05/31、福岡天神EerilyBelievers)

トマトスープとGEZAN

 

今日の私は疲れ切っていた。あと1週間で18記事を書けという司令が出て、必死に書き続けていたからだった。いや、そもそも前から疲れ切っていて、そこに来た急な司令が私を果てさせたのだと思う。

 

とにかく私は疲れ切っていた。にも関わらず、身体は休憩を受け入れてくれなかった。横になると吐き気、タバコを吸うと嘔吐、飯を食えば悪寒。とにかく身体は「働き続けよ!」とのことだった。

 

そこに浜田篤史がご帰還。彼もまた疲れ切っていた。

私には私のルールがあって、それは浜田篤史の前では「疲れた」となるべく言わないことだった。なぜなら彼の方が働いているからだ。彼は毎朝起きて会社に行き、しっかり残業までして帰ってくる。しかし私は在宅勤務。雲泥の差、月とスッポン。だから「疲れた」とは言わない。

 

しかし今日は違った。ポロッと「疲れた」と言ってしまったのだ。

しまった、と思った。また身体が怒り出す。悪寒、吐き気、嘔吐、悪寒、吐き気、嘔吐、悪寒、吐き気…

私はそのままベッドに倒れ込んで、パニック発作になった。浜田篤史はそれを見て、優しく深呼吸を促す。

「ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて、」

言葉通りに従いながら、じたばたともがきながらも息をしている間、ふと

「あ、温かいトマトスープが食べたい」

と思った。

 

 

 

気づいたら、私はトマトに切れ込みを入れていた。これは比喩とかではなく、本当に意識が飛んでいて、次の瞬間にはトマトの皮が剥きやすいように切れ込みを入れていたのだ。

あれ、とは思いつつも、

「そういえばトマトスープ食べたいんだもんな」

とテキパキ、かつ丁寧に作る。

玉ねぎを弱火でじっくり炒めて、皮を剥いたトマトとキャベツとじゃがいもを入れて、そこにトマトジュースとコンソメを加える。コトコトコトコト、じっくり弱火で煮込む。

できたトマトスープは、トマトスープらしく真っ赤だった。その赤は瞬時に「マヒトゥ・ザ・ピーポー」を連想させた。

 

「そうだ、GEZAN見ながらスープ食べよ」

リビングに座ってYouTubeを開きながらスープを飲むと、さっきまで休むことを拒絶していた身体が自然と解れていった。

明日も頑張ろう、とちょっとだけ思えた。

 

 

 

私が大学を辞めた理由

 

とある粘着質なガキが「理由もなく大学を辞めるやつは雑魚」と煽ってきたので、私が大学を辞めるに至った理由を書こうと思う。たぶん大半の人が興味が無いと思うが。

 

私が大学で心理学を専攻していたのは、ただ単純に「人の脳みそ」への好奇心が、小さい頃から旺盛だったからだ。

小学生の頃は脳医学に執心しており、脳外科医の福島孝徳氏のドキュメンタリーを録画して、テープが擦り切れるほど見ていた。少しの細胞のゴミで機能が低下してしまう脳みそが不思議で、かつ愛おしかった。(ちなみに現在もyoutubeに上がっているので「元気」というフォルダに入れて見ている。安心する。)

 

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(脳みそ大好きだったころ)

 

そこで医者を目指していたが、とある脳外科の医学書に書いてあった一文に感銘を受けたのが中学1年生の時だった。

《心とは、脳内で起こる電気信号にすぎない》

このたった一文で、私は福島先生の模倣をするだけの医者人生を諦め、心理学を志そうと決意した。

 

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(医学書を読み漁っていた頃)

 

それから数年後、私は念願の心理学科に入学した。志望校だった鹿大は落ちたが、まあ中卒だし楽しくやっていけるだろうと期待に満ち溢れていた。

しかしそこで私に襲いかかったのは、精神障害発達障害による登校困難であった。集団と上手くやっていけず、精神を病み、授業も遅刻、提出物も期限内に提出できない。なんとかついていこうと、留年してでも学びたいと思い、その分勉強を一生懸命頑張り先生方も優しく接してくださった。「ただ脳みそが好き」というこの一点だけで、4年間(休学も合わせて4年半)通い続けた。

そして今年の春、私の自傷行為に関する研究が先生方の目にとまり、たくさんの期待と応援とアドバイスをくださった。このまま研究が上手く行けば、自傷行為研究において大きな進歩をもたらすだろうというお言葉も頂いた。ただただ嬉しかった。もっと研究を頑張らねばと思った。

しかし体はそうはいかなかった。うつ病から双極性障害に病名が変わり、薬も増え、学校に行けず研究も覚束無いことが増えた。そんな折に母から現状を確認する電話が来て、涙ながらに現状を伝える私に母が

「そんなに辛いのになぜ学校に行くの?」

と言った。

好きなのに、好きなことを頑張るには他の障害が大きすぎることをこの時悟った。発達障害者は天賦の才を持っているとよく言うが、それは周囲に助けられ環境が整っている場合のみだということを気付かされた。私の場合は、助けてくれる親は遠く離れている。学務課の助けはあまり機能していない。人より長く大学に通うほどのお金もない。

 

私は途方にくれた。好きなことを諦めなければいけないのか。とても迷った。親と何度も話し合った。

そして、結果的に金銭的問題で退学をした。

 

しかし、私はまだ研究を続けようと思っている。個人で研究をしている学者は多く居るし、私の研究が多くの助けになることも理解している。また、私の研究の着眼点は私にしかないものだということも。

だから、もし被験者として協力してくれる方がいるなら、協力してくれるとありがたい。

よろしくね。

 

そんな感じです。以上。

イベントありがとうね

 

先日、ずっとずっと頭の中を占めていたイベントが終わった。そのせいか手持ち無沙汰でソワソワしてしまい、仕事も覚束無いのでブログを久々に書く。

 

イベント自体は成功に終わったと思う。何より、全員がナイスアクトなイベントだったのは本当に凄いことだと思った。議論もかなり白熱し、時間が40分押しになってしまうほど盛り上がった。あれはいけなかったとは思うが、楽しかった。

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しかし、終了間際になると謎の離人感に、終わった後は虚無感と脱力感に襲われた。そこに追い討ちをかけるように、ある人の「笑ってたら幸せになるよ」という言葉に、気が狂いそうにもなった。元気を取り戻してきた今でも、その言葉が頭から離れない。

 

私は結構笑う方だ。

小さい頃からしてきた作り笑いも板について、ほとんどの人には「明るく元気な人」だと思われるほどだ。まあ、勘のいい人には「笑うな」「嘘つくな」と怒られたりもするが。

正直、自分自身でもヘラヘラしている自覚はあるし、でももうこれは止めようと思っても止められないもので、悩んでさえいることだ。

そこにあの言葉がこだまする。

 

イベントの日、私は笑っていなかったのだろうか。それとももっと笑え、ということだろうか。本当に心の底から笑えていなかったのだろうか。楽しかったのは嘘だったのだろうか。

そんなことを考えてたらいつの間にか朝になって、夜になって、朝になって、夜になって…

深い意味はなく発した言葉だったのは分かってるのに、心が追いつかない。なんでだろう。それも分からない。

暗いなあ、と自嘲してみるけど、それも本当に笑っているのか?

もう分からん!誰か助けてくれ!

そう思うほどに過食と不眠を繰り返していく。

 

まあでも、元気は元気なのだ。

私は今日も眠剤を飲み、PUBGをして、落語を聞きながら眠りにつくとする。

今日は天狗裁きでも聞こうかな。

おやすみなさい。

 

 

takk!使ってみた

 

最近「takk!」というものがメンタルヘルス界隈で賑わっている。

どうも、自分が得意なことと困っていることを登録して、お互い助け合うツールであり、そこに報酬として金銭が発生したりしなかったりというものらしい。

 

私自身、最近イベントの宣伝方法をどうしたらいいのか困っていたことや、文章を書くお仕事を貰えないか考えていたこともあり、登録して使ってみることに。

 

 

まずアカウント登録。

登録自体はかなり簡単で、ツイッターFacebookのアカウント認証を行うだけ。

私の場合Facebookは利用していないので、最初に出てきた画面の「ツイッターでアカウント登録」という水色のボタンをぽちっと押すだけで登録が完了した。

楽!!!!!!

 

登録が完了するとホーム画面へ。

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ホーム画面はこんな感じで、ツイッターFacebookの知り合い(フォロワーのフォロワーまで?)で登録をしている人たちの「できること」「困りごと」が新着順で出てくる。

正直最初は

「なんでフォロワー…?全然知らない人の新着情報じゃないの?」

と思ったが、意外とこの“フォロワーのフォロワーまでの表示”が使ってみると便利だった。

 

全然知らない人となると、本当に全然関係のない「できること」「困りごと」がほとんどなため、見ても「ふーん」と思うだけに留まってしまう。

しかし、“フォロワーのフォロワー”ぐらいだと、興味のある事柄に関するものが多いため「頼んでみたい」「頼んでほしい」と思い、実際に取引に繋がる回数も多く感じた。

 

実際に私も数名と取引の連絡を行ったが、これがまたスムーズで楽ちんだった。

 

上の画面で表示されているものや、虫眼鏡のアイコンで検索し表示されているものの中で取引をしたいと思ったら、まずその「できること」「困りごと」をタッチ・クリックする。

 

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すると出てくるのがこんな画面で、詳細を確認し、ステータスを選び、依頼の詳細を入力し、あとはそれを送信してやりとりするだけで終わり。

 私がやりとりしたものでも、大体数回のやりとりで取引が完了した。時間にすると一時間もかかっていないように思う。

これでお給金もでたりするなんて便利すぎないか。

便利すぎて怖い。

 

 

…とまあ、ここまで使いやすさに関してめちゃくちゃに褒めちぎっているが、使ってみて感じた点も上げていこう。

 

まず最初に感じたことは、「ただの便利な頼り合いツールじゃないな」ということ。

最初にtakk!を知ったとき、先にも述べているが、メンタルヘルスに関する活動をしている人たちの間で話題を呼んでいたためだったこともあり、

「なんでメンタルヘルス界隈で流行ってるんだ?」

と疑問に思った。

そして使ってみるうちに、これは「ただ頼り合いをするツール」ではなく、「自分の得意なことで達成感や自己肯定感を高め、それを他の人にも分けてあげるツール」なのかもな、と思うと同時に、メンタルヘルス界隈で流行っていることにも納得がいった。

メンタルに支障をきたしている人は自己肯定感が低い。

そのために、「自分は何もできない」「必要とされていない」と感じてしまう人も少なくない。

そういった人たちが得意なことを発信し、頼ってもらうことで「自分にもできることがある」と感じてもらうという、認知行動療法的なアプローチのツールであるように感じた。

そら流行るわ。

 

しかし、そうしたメンタルヘルス界隈を対象にしていることで出てきている問題点もあるように感じた。

 

現在、リリースから半年ほどしか経っていない「takk!」。

そのためか、登録されている「できること」と「困りごと」の比率としては圧倒的に「できること」の方が多い。

まだ最初のユーザーたちが自己肯定感を高めるに至っておらず、その間もどんどんユーザーが増えてしまったために、このアンバランスな図ができてしまったように感じた。

また、私のように「得意なことでお仕事を貰いたい」と考えている人は、競争率の高い「困りごと」にコンタクトしにいくか、依頼をただ待つしかない。

なにごともすぐに結果がでるものではないと分かってはいるものの、この“待つ”が苦手な私にとってはかなりの問題点のように感じた。

 

 

個人的に考えるtakk!の課題としては、このアンバランスさをどうするかにかかっているように思う。

運営の方達は「メンタルヘルス界隈を対象にしている」と明言してはいないものの、実際その界隈で流行ってしまったために生まれたこのアンバランスさを、いかに他の場所での流行で修正できるかが鍵なのではないだろうか。