あずまんの日記

個人的な感想や意見なのであしからず

挫・人間はカウンセリング

 

ブログを書き出す前に、

私はまず謝らなきゃいけないことがある。

最近私に連絡をくれた方々、返事を返さなくて本当にごめん。

 

というのも、現在私は鬱病真っ盛りの不眠症真っ盛りで、眠剤と安定剤と耳栓&アイマスクでようやく眠れるような日々を送っている。

こういう時、私はLINE・電話の着信音が怖いので、なかなか返事が返せない。

元気になったらLINEします。ほんとごめん。

 

そんな私、最近は音楽もまともに聴けない。

先日くるりで精神の安定を図ろうとしたものの、ハイウェイが「爆音の池田亮司」にしか聴こえず発狂し、布団に潜って泣いた。

(池田亮司は最高です)

 

しかし、こんな状態でも聴ける、というより聴かなきゃ頑張れない音楽もある。

それが「挫・人間」である。

挫・人間には中学の頃からある種お世話になっており、抑うつに悶え苦しむ夜を何度も救ってもらっている。

以前podoのサポートを下川さんがされていた時に対バンした際、ミーハー全開でサインを求めたりした失礼な私に「ありがとう、俺たち友達だよ」と仰ってくれた、超絶優しいお心の持ち主でもある。

 

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(その時の写真。怒られたら消します。)

 

挫・人間のどういうとこが好きなのか、というと「クラスの隅っこで絵を描いてた俺たち」を否定しつつも最後には全肯定してくれる、というか全肯定してこうよ、というスタンスである。(勝手な解釈です)

 

「クラスの隅っこで絵を描いてた俺たち」は正直ダサい。

私もクラスの隅っこで銀魂とナルトの絵をずっと描いてた。めちゃくちゃダサいし陰気だ。

しかもそういう奴ってずっと陰気で、私もいまだにエヴァンゲリオンを全部見返しては考察スレを徘徊し空が白んでいく…みたいな日々を繰り返してる。

インスタやTwitterを見れば同級生が結婚したり、昔好きだった男の子が海外留学してたり、

でも「クラスの隅っこの俺」は今も「クラスの隅っこの俺」。

 

 

ゲームボーイズメモリー

https://youtu.be/VTbWKYWH57c

 

『朝が来て眠れない

僕のこと追い越した君はまだ

ポケモン言えるかな』

 

この歌詞が本当に好き。

朝まで眠れなくなるほどの憂鬱、周りに追い越されていく感覚。

でも結局私は「まだポケモン言えるかな歌える自分」でいたい。

歌えなくなるぐらいだったら追い越されてもいいもんね、という強がりだけど、

歌えない自分には絶対なりたくない。みたいな。

 

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(ちなみにこの歌詞のところでアベさんが飲んでるレクサプロ、私も愛飲してる。おそろっち。)

 

なんというか、強がりも言えなくなったら終わりだと思う。

強がり、いいじゃん!という(勝手に解釈した)挫・人間のスタンス大好きだし、

ずっとこんな顔で強がり言える自分でありたいとも思う。

 

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"下川最強伝説"

https://youtu.be/lmHnkaswArg

 

この曲は共感の嵐。

巷では、冒頭の歌詞からP-MODELの「美術館出会った人だろ」のアンサーソングなんて言われているが、これは私のアンサーソングだ。

 

『根暗は知性の証なんだっつうの』

『なんで俺だけいっつもトイレ掃除なんだ』

『漫画の俺はモテてモテぬくのに

 書けば書くほど虚しいなあ』

 

共感すぎる。下川さんは私の分身か?

共感しすぎてもう辛い。

 

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『でも最近J-POPを聴くと

涙が溢れて止まらないのは何故なんだ』

 

この歌詞を聴いた時、もう共感に次ぐ共感で頭がおかしくなっていたのか涙が出た。

ロックンロール!と叫んで金髪にしたり、ギター振り回したり、オーケンみたいなメイクしちゃったり。

でも結局私はJ-POPで共感できる人生が送れない劣等感を抱えてるだけなのだ。

これは全く馬鹿にしてる訳ではなく。

もっと卒業式でGReeeeNとか歌って泣いたり、西野カナみたいなちょっと面倒くさい彼女になりたかった。

そんな私の気持ちを代弁するかのような下川さんのこの表情、泣ける。

 

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他にも好きな曲がたくさんあって、「天国」や「天使と人工衛星」「もう四日もしてない」「Tee-poφwy」「そばにいられればいいのに」などなど…

大いに語りたいものが沢山あるが(特にTee-poφwyのエヴァ最終話感の話)、今日はとりあえずこの2曲で止めておく。

 

とにかく、私が言いたかったのは、

「クラスの隅っこの俺たち」を直視させ、辛さを共有し、最後には肯定してくれる挫・人間は、もはやカウンセリングであるということだ。

今日も読んでくれてありがとう。

 

 

最近聴いてるアルバム10枚

 

先日、バイトで知り合った女の子に「好きなアーティストとかいますか?」と聞かれた。

私は見栄っ張りなので、以前は誰も知らなそうなアーティストを上げたりしていたが、

「そういうことする奴はキモい」ということを思春期脱却と共に学習したので、近頃はよく聴いているCDを言ったりする。

そこで、映画に引き続き、私が最近聴いてる大好きなアルバムを10枚紹介していこうと思う。

 

 

1.アダムとイヴの林檎/椎名林檎tribute

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最近話題の椎名林檎のトリビュートアルバム。

なにより参加メンツが最高である。

中でも宇多田ヒカル、レキシ、藤原さくら田島貴男私立恵比寿中学が最高だった。

しかし、エビ中には「少女ロボット」を歌って欲しかった…と思ったり。

 

2.祝祭/カネコアヤノ

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カネコアヤノの最新アルバム。

これは全曲最高。

ずっと好きだった「ロマンス宣言」が入っているのも嬉しい。

最後の曲の「祝日」の歌詞も最高。

 

3. I Forgive You and the Anvil.../Rahm

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ブルックリンのアーティストRahmの去年のアルバム。

エレクトロ系で、リードトラックの「Fault」と「Wet Word」が話題になった。

このアルバムの「Tri I Tri O I Tri」から「Handholdhand」の繋ぎが最高。

 

4. I Had Blues But I Shock Them Loose

     /Bombay Bicycle Club

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ロンドン出身、2014年から活動を休止しているバンドのファーストアルバム。

篤史くんの友人に「ガリレオ好きなら好きっすよ」と勧められてハマった。

特に3曲目の「Evening / Morning」が最高だが、他の曲も全部かっこいい。

 

5. Lotus Blooms/Jeremy Ellis

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これはたぶんNative Instruments社のMaschineの宣伝動画で有名なJeremy Ellisのアルバム。

そしてもしそうだとしたら、JeremyがまだAKAI社のMPCを使ってる頃だと思う(たぶん…)。

全体を通してジャズっぽいリズムだが、要所々々にいろんな音楽の要素があって面白い。

9曲目の「Cortaron a Elena」が一番好き。

 

6. After Laughter/Paramore

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Paramoreの最新アルバム。

以前のイメージはAvril Lavigneの劣化版という感じであまり好きじゃなかったが、今作は「海外のバンドキッズギャルが聴いてそうな"ポップ感"」が増してて最高。

私の大好きなバンド"Now, Now"とよく対バンしているのを見る。

3曲目の「Told You So」が特に好き。

 

7. She/Alice Phoebe Lou

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映画の主題歌としてこの曲を発表し一躍有名になった、南アフリカ出身・ベルリン在住のアーティストのシングル。

アンニュイな歌声とアコギがめちゃくちゃ最高。

Youtubeにも路上ライブの動画が沢山上がっていて、「Mama」という曲も泣けてくるぐらい良い。

歌詞が良い。

 

8. SUNSHINE/AKADAMA BROS

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TAIGEN WATANABE(Bo Ningen)とMiss Hawaiiのユニットに鎮座DOPENESSが加入したという、それだけでもう既に最高なグループ、AKADAMA BROSのアルバム。

全員日本人のはずなのに、ドイツ・ハンブルクで結成されたという謎さも最高。

 

9.  UNDERTALE Soundtrack/Toby fox

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MOTHERに影響を受けて作られたというToby foxによるゲーム"UNDERTALE"のサントラ。

昔のファミコンっぽい特徴的なシンセとその他の音色のバランスが良い。

「Home (Music Box)」はわざとモタったりハシったりして、オルゴール感を出していて凄い。

一番好きな「Heartache」は、どんなシーンで流れるかを知っていると泣けてしまうタイトルと曲調で最高。

 

10. GUSTO/Especia

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去年解散した地下アイドル"Especia"のファーストアルバム。

このアルバム発売後に脱退した脇田もなりの歌声が独特で、何故か惹き付けられる。

このリードトラックの一つでもある「くるかな」のPVをはじめ、全体的になんか切ない。

一番好きな15曲目のリードトラック「YA・ME・TE!」の、ヤマタツっぽさとハロプロっぽさが混在している感じが最高。

 

 

こんな感じ。

ちなみに、上記のバイトの女の子には「ブルーノ・マーズ」と答えた。

結局のところ、「ウザくなく、キモくなく、ダサくない」を兼ね備えたアーティストはブルーノ・マーズである。

 

 

 

アンゴ

 

西郷どん奄美編も2回目。

とぅまが吉之助のトゥジ(妻)になり、「愛加那」という名前を貰った。

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このシーンの二階堂ふみちゃんがあまりにも綺麗で、思わず

「はげ〜、きょらさや〜」

とため息が漏れた。

 

 

 

しかし、以前にも言えたことではあるが、今回でより強まった違和感がある。

それは"龍家の人々が率先して畑仕事に参加し、時には罰を受けている"ことである。

龍家といえば、元は琉球王朝から支配を任されていた笠利為春の一族であり、琉球王国初代国王の父・尚稷王の血を引いているとされている。

そんな、いわば支配者側であった一族が"畑仕事をしている"のでさえ不思議なのに、

隠し砂糖による罰まで受けているのはとても違和感があった。

薩摩による奄美支配を描く演出としては重要な改変であるような気もするが、どうなのだろう。

 

 

また、今回の"愛加那がアンゴとして申し出るもそれを吉之助は断り、愛加那を正妻として迎え入れる"というストーリーは、

「男尊女卑へのアンチテーゼ」的な描かれ方をしているように見えたが、それは無理があるだろうと思った。

 

元々奄美では女性を軽く扱う文化があまりない。

というのも、奄美には黒糖以外の上納品として"大島紬"があり、それを織るのが女性の仕事であった。

そのため奄美の家では、女の子が生まれても稼ぎ手として大変喜ばれたと聞くし、

今でも島の家は男より女の方が元気で強い家が多い。

西郷どんの中で機織りをする女性が描かれていないのは、こうした背景が「アンゴを男尊女卑の象徴として描く」というストーリーに不向きだからだと考えるが、

アンゴは「ヤマトの流人を落ち着かせる為にあてがう一時的な妻」であるため、これを"奄美の男尊女卑"のように描くのは無理がないか…?と思った。

 

 

ここまで文句ばかり書いてきたが、ここで良い面をあげようと思う。

序盤のシーンで愛加那のバックに流れていた三線があったが、多分あれは「いきゅんにゃかな」ではないかと思った。

「いきゅんにゃかな」の歌詞は以下の通りだ。

 

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

わきゃくとぅ忘りてぃ

(私のことを忘れて)

いきゅんにゃかな

(行ってしまうの、愛しい人)

うたちやうたしゃがいきぐるしゃ

(行こう行こうとはするけど行きづらいなあ)

そらいきぐるしゃ

(行きづらいなあ)

 

この恋人どうしの男女の歌を流すことで、愛加那の心情を描いていたのではないだろうか。

その後の、吉之助が将来自分の元を離れ1人になることを案ずるも、それでも良いと決意するシーンが、この歌でより一層強調されているように感じた。

(中村瑞希さんによるいきゅんにゃかな

https://youtu.be/EVMCmM9rgRE)

 

 

 

今回はアンゴのことを中心に描かれ、最後は幸せな描写で幕を閉じた。

来週からはまた波乱続きとなるのは分かっているが、この2人にはずっと幸せであってほしい…!と感じる回だった。

 

 

西郷どんの奄美編、よかったね

 

みなさんは誰かに

「お前の地元って電気通ってないんだろ」

と言われたことはあるだろうか。

今どきそんな場所が日本にある訳ないので、勿論こんなこと言われることは中々無いだろう。

しかし、私はある。

 

私は徳之島生まれ奄美大島育ちの生粋の"しまっちゅ"である。

そんな"しまっちゅ"が差別対象になりうると知ったのは高校生の時。

奄美の学校は鹿児島本土出身の先生が多く、その高校の養護教諭も例外ではなかった。

ある時私が保健室で休んでいると、2人の女子生徒が入ってきて、養護教諭と別の用事で来ていた教師と4人で話を始めた。

女子生徒が喋ると養護教諭がオウム返しする、というのを延々と繰り返しているようで、

しばらくすると女子生徒たちは

「もう先生意味うつらーん!」

と笑いながら出ていった。

すると、その養護教諭は女子生徒の声が聞こえなくなるのを見計らい、

「『意味うつらーん』だってwwwほんっと奄美の訛りって馬鹿みたいだよねwwww」

と、教師と一緒に笑い出した。

私はただ驚いた。

気が強い人であれば

「なんわけ!やんきゃも薩摩っぽ訛りじゃがな!」

と喧嘩を買って出たのだろうが、生憎私は喧嘩も気も弱い。

体調も悪かったため、その時は彼女らの「奄美の馬鹿みたいなところ」談義を黙って聞いていた。

あの時ほど悔しい気持ちになったことはない。

 

話は戻るが、「お前の地元電気通って無いんだろ」と言ったのも鹿児島の人だった。

その時はただ出身地を述べただけで、こんな風に面と向かって馬鹿にされるとは思わず、周囲に合わせて笑って流した。

他にも

奄美って色黒で剛毛な人ばっかりでしょ」

「鉄コンの家住んだことないでしょ」

「言葉が通じないから奄美の人とは結婚したくない」

などと、それぞれ別の人に言われたことがある。みな鹿児島の人である。

しかも20代から70代の男女による発言で、年齢も性別も全く関係ない。

昔はもっと酷く、奄美出身ということを隠して鹿児島に住んでいるという高齢者も少なくはないと聞く。

 

勘違いしないでほしい。

私はこれを書いて、「鹿児島県民はクソ!」と言いたい訳では無い。

上記の発言は一部の人だけであり、ほとんどの人は普通に接してくれる。

なんなら奄美が好きだと言ってくれる人も多く、本当に嬉しい限りである。

じゃあ、なぜこんなことを突拍子もなくブログに書くのか。

 

 

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私は先日、大河ドラマ「西郷どん」の奄美大島編を見たあと、Twitterで色んな感想を読んでいた。

すると県外だけでなく県内の人達からも

「こんな差別の歴史があったとは知らなかった」

という意見が上がっていた。

そして、多くの人がそれを「江戸末期で終わったもの」と認識しているようで、私は心底驚いた。

 

奄美の人は鹿児島の特産品や県庁所在地、偉人、歴史など、様々なことを小学校で教わる。

それは鹿児島県民として当たり前に知っておくべきことである。納得もしている。

しかし、鹿児島の人達は奄美のことを何も知らない。

ついこの間までは奄美沖縄県だと思っている人も少なくなかった。

私は"そのぐらい知らない"からこそ、上記のような差別的なことが言えたのだろうと考える。

 

 

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「私たちは民のうちに入っていなかった」

とぅまのこのセリフは私の心にじんときた。

あの時代のしまっちゅや私の気持ちが、このセリフに全部詰まっているように感じた。

 

史実やストーリーや島口について様々な意見があるが、私は奄美のことを県内外に知ってもらうためにはとても良い内容だと思った。

島口も本来のものより柔らかくなっており、「標準語を織り交ぜた島口」というよりは

「県内外の人に奄美の言葉を知ってもらうための島口」というように感じられて、とても良かった。

(あんなに"はげー"は万能じゃないけど)

 

たぶん、西郷どんを見ている県外の人は多いだろうし、鹿児島県民はもっと多いだろう。

その人達を含む多くの人に、この奄美編を見て、もっと奄美のことを知って、もっと奄美のことを好きになってほしい。

そうすれば、しまっちゅに差別的な言葉を投げかける人も減ってくれるだろうと思う。

 

 

私の好きな映画10選、2018

 

好きな映画はなんですか、と聞かれると意外と困る。

あれも好きだし、あれもいいけど、これも…と考えてるうちに頭がこんがらがったことが多々ある。

しかも、この「好きな映画」というのは結構変動する。これがまたややこしい。

 

なので、今日は私が私による私のための「私の好きな映画10選」を備忘録として書き残しておこうと思う。

 

 

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【コックと泥棒、その妻と愛人】

これは私が映画好きになるきっかけになった映画で、

レストランの経営者である泥棒の妻と、常連である学者が不倫関係になってしまう話。

鬼気迫るストーリーも魅力だが、この映画の最大の魅力は"場面ごとに変わるテーマカラー"である。

殺伐としたレストランでは赤、静かなトイレでは白というように、セットの色だけでなく衣装の色もコロコロと変わる。

CGによるリアルを追求したものとは違った美しさがある映画だと思う。

 

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フィフス・エレメント

小さい頃からテープが擦り切れるほど見たSF映画

ストーリーは単純明快、ラブもあり、ギャグもあり、音楽もある、全部揃っていると言っても過言ではない映画。

バイオハザードではアリス役を演じるミラ・ジョヴォヴィッチが、あの西川兄貴と色違いの衣装を着ているのも必見。

 

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【誰も知らない】

近頃また人気の俳優、柳楽優弥くんの初主演映画。

ネグレクトを受ける子供たちがどのようにして生き・死んでいくのか、その現実をどれだけの人が知っているのか、世の中に問うた作品。

これも小さい頃に見て衝撃を受け、ずっと忘れられない。

この映画のせいで、近頃の柳楽くんを見ると「良かったねえ…」と微笑ましく思ってしまう。

 

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【blue】

市川実日子小西真奈美のダブル主演。

思春期の女子にありがちな問題を、透明感そのままに描く作品。

年上の男と付き合ってみたり、クラスメイトの女子がなんか好きになっちゃったり、好奇心でキスしてみたり。

高校生のときに見たかったな、と思わせる映画。

 

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【グッド・ウィル・ハンティング】

マット・デイモン演じる不良少年が、実は数学の天才だったというストーリー。

しかし「俺TUEEEE」系の無双映画ではない。

人生の岐路に立ったときにどんな選択をすべきなのか、愛する人を"愛する"というのはどういうことなのかを描いた作品。

個人的にはフットルースよりも、こっちの方を代表作と言った方が良いと思う。

 

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最強のふたり

障害者というのは「真面目」で「純粋」で「か弱い」という潔癖なイメージをハンマーでめちゃくちゃにぶち壊す作品。

障害者は「助けるべき存在」の前にただの人間であるということを、スラム街の黒人が周囲だけでなく私たちにも教えてくれる。

ブラックジョークも豊富で、笑ったり泣いたり大忙しな映画。

 

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ビッグ・フィッシュ

ティム・バートン監督作品。

洞話ばかりする父と、その父が嫌いな息子。

病床の父に寄り添うにつれ、洞話の中にいる"本当の父"を知りたいと思う息子の話。

リアリズムの中に程よく散りばめられた「ティム・バートン節」がとても心地の良い映画。

 

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【I KILLED MY MOTHER】

私の大好きなグザヴィエ・ドラン主演監督作品の中でも最も好きな映画。

考えが古く、怒りっぽい、干渉しすぎる上に、全てにおいてセンスがない。

そんな過保護な母親を殺してしまいたいとすら思い、悩む息子の話。

中盤に、寄宿学校の同級生とクラブに行き、キスをされるも拒むシーンがあり、その映像・音楽がとても美しい。

個人的な意見としては、ドランの主演映画の中でも、群を抜いてスケベな彼が見れるところも好きな理由のひとつ。

 

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パーフェクトブルー

今敏のアニメ作品。

アイドルの主人公がただただ自分を見失っていくストーリー。

精神病的な解離症状をファンタジーチックに、かつスリリングに描いている。

アイドルに限らず、ファンによって成り立つ職業というものは、自分自身でないファンに作られた"自分"が一人歩きしていくものなのかもしれない、と思わせる映画。

今敏監督といえば"パプリカ"が有名だが、海外ではこちらの方が人気らしい。

 

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AKIRA

大友克洋の原作・監督作品。

2019年、東京五輪を翌年に控えた第3次世界大戦後のネオ東京を舞台に、不思議な能力や"アキラ"の謎に巻き込まれていく健康優良不良少年の話。

セル画独特の陰影による"ネオ東京"の雑多な雰囲気や、こだわったと言われる「喋る口の動き」も、この映画の良さのひとつ。

先日アカデミー賞を受賞したギレルモ・デル・トロも愛したとされ、現在公開中の「レディープレイヤー1」にも登場するなど、海外人気も高い。

私は「これ以上に最高なアニメ映画を見たことが無い」、と言いきれる。

 

 

以上。

変動あれば、また書こうと思う。

親と子と孫

 

先日、2月22日の猫の日にひいばあちゃんが死んだ。102歳で、もうすぐ103歳だった。

母方の祖母のお母さんで、猫と花が好きで、タバコを吸いながら花札とパチンコをするような人だったらしい。

らしいというのも、私はひいばあちゃん(以下タミばあ)に会ったことはほぼなかった。

 

私がタミばあに初めて会ったのは7歳か8歳の夏休みで、祖母宅に遊びに来ていた時だった。

痴呆が始まって施設に預けたが、タバコを吸うわパチ屋行くわで強制退去となり、仕方なく故郷・奄美から祖母の嫁ぎ先の鹿児島まで来たのだと聞いた。

 

比較的穏やかな祖母に対して、タミばあは常に怒っていた。

また、祖母の旧姓とタミばあの苗字が違っていたことも相まって、私は

「この人は私のひいばあちゃんじゃないんだ」

と思い、怖がり、自然と避けるようになった。

大人になるにつれて、タミばあが痴呆の初期症状で怒りっぽくなっていたことも、祖母が親戚に養子に出されたために苗字が違っていたことも分かるようになったが、

他人かもしれない、という気持ちが作った溝はそう簡単に埋められなかった。

 

タミばあが死ぬ一週間前、そろそろ危ないと聞いて7年振りぐらいに母と祖母と一緒に会いに行った。

病室へ行くとタミばあはベッドで眠っており、その顔は浮腫んで、骨格も歪み、7年前より変わり果てた姿はより一層他人感を強くした。

祖母はタミばあの世話をし、母は奄美民謡のCDを流す中、私はファミマのうどんを食べて早く帰ることだけを考えていた。

 

ぼやあっと過ぎていく時間の中で、ふと祖母が

「タミばあは何かを握らないと不安がる」

という旨の話をした。確かにずっと、ベッドの柵をぎゅっと握っている。

祖母は不安がることよりも、ステンレスの柵にタミばあの体温が奪われることを気にしているようだった。

「じゃあ手を握ってあげよう」

と言うと、母はタミばあの手を優しく柵から外し、その手をぎゅっと握って、

そのまましばらくタミばあの手を親指の腹で撫でたり、握ったり、たまに民謡に合わせて踊らせたりもしていた。

私はただ、その様子をじっと見ながら、まだうどんを啜っていた。

 

そういえば、最後に母の手を握ったのはいつだっけ。

祖母の手を握ったのはいつだっけ、いや、そもそも握ったことあったっけ。

2人の手を握れるのはあと何回だろうか。

 

母がタミばあの手を握って、子供みたいに楽しそうにしているのを見て、そんなことを考えていた。

そんなことを考えていると、だんだん「私もタミばあの手を握ろうかな」「いやでも…」という気持ちになってきて、

うどんを食べ終わる頃、私はタミばあの手を握ってみることにした。

まともに喋ったこともないのに…とか、握った瞬間怒られたら…とかグダグダ考えつつも、いざ握ってみるとなんてことの無いただのヨボヨボなおばあちゃんのヨボヨボな手だった。

ヨボヨボな手は私の手をぎゅっと力強く握り返してくれた。眠っているとは思えないほど力強かった。

どことなく、母の手に似ていた。

 

それから一週間後、タミばあは死んだ。

祖母と私はタミばあと同じ飛行機に乗り、3人とも久しぶりに奄美に帰った。

102歳ということもあって、祖母が覚悟と準備をしっかりしていたため、葬儀場の予約も飛行機の手配もスムーズに済んだ。

祖母が淡々とそれらの手配をし、私を含む家族一同はそれに従うという、どこか淡白な雰囲気で葬儀は進んでいった。

 

葬儀最終日、火葬場に向かう時、家族一人一人がタミばあに挨拶をして、順番に棺に花を入れた。

まずは長女、次女と年齢順に挨拶をしていき、三女の祖母の番が回ってきた時、

やっと祖母は泣いた。しかも、子供が駄々をこねるみたいに大泣きした。

順番が終わっても棺から離れず、しきりにタミばあに触れ、「母ちゃん、母ちゃん」と泣いていた。

そんな祖母を見て、私は自分の番が来た時、なんとなくタミばあの手を握った。

ゴム人形のようだった。

その後葬儀場を出発し、火葬場に着いても祖母は大泣きし、火葬のボタンを押す時も、いやだいやだと駄々をこねながら泣いていた。

その日はずっと、祖母は子供のようだった。

 

 

タミばあは最後まで私をひ孫にしてくれなかったが、最後に私の祖母と母を、子供と孫に戻して帰っていった。

小さい頃の「母は生まれた時から母なのだ」という勘違いが、大きくなるにつれて勘違いだと分かっていたはずなのに、

実際には分かっていなかったことを、タミばあに思い知らされた。

祖母や母が子供のように振る舞い取り乱す姿に、動揺したことがとても恥ずかしかった。

そんな分かってる風な・大人ぶった振る舞いが、タミばあのひ孫になれなかった原因のように思えた。

 

タミばあちゃん、

あなたが死んでから2ヶ月が過ぎて、こんなことを書いても仕方ないとは思うが、

しかし、2ヶ月を過ぎてもあなたのひ孫になれなかったことを悔やんでいる私がいる。

これまでの人生であなたを思うことなどなかったのに、手を握ってから、あなたのことを思う日が沢山ある。

もし天国という場所があって、あなたがそこから私を見ているのなら、

夢の中でいいから、一緒にタバコ吸いながら花札をしよう。屋仁川で酒を飲もう。花を育て、猫を可愛がろう。

きっと私たちは仲良くやれるはず。

約束ど。

では、また会う日まで。

 

 

嫌なおばさん

 

中学生の頃、好きなバンドの曲を聴いていると父が

「今のバンドは似たり寄ったりだな」

と苦笑するのが、すごくすごく嫌いだった。

この様な経験は、いかなるキッズも全員が通る道で、例えばバンドキッズでなくアイドルキッズだったとしても

前田敦子以外はみんな同じ顔だろ」

と笑われた事があるはず。

 

私はあの純朴な中学生のとき、

「私は大人になっても絶対そんなこと言わないぞ」

と心に誓った。神にも誓った。イエス・キリストにも、ブッタにも、天照大御神にも。

 

 

先日、私は鎮座DOPENESSを聴きながら関連アーティストを漁っていた。

そのときとあるバンドを見つけて、

「あー…そんな好きじゃないけど、篤史くん好きそうだし教えちゃろ」

と思い、家に帰り、篤史くんに聴かせた。

すると篤史くんは、もっと良いバンドがいると教えてくれて、スマホをぽちぽち、すぐに音楽が流れた。

 

おお、お〜……あ…あれ????

私が教えたバンドを流していないか?

 

曲が全く違うことは分かるが、バンドサウンドとしての違いが全然分からない。

声も同じ、ギターも、ベースも、歪みのかかり具合も、ドラムが刻むリズムの癖も、全部同じように聴こえる。

 

 

私は悟った。これは老いだ。

今まで大人達がキッズの私に対して言ってきたことは、老いによる、老化現象による、感覚の鈍感さがもたらした悲劇だったのか。

神よ、キリストよ、ゴーダマシッダルータよ。

私は罪を犯しました。嘘をつきました。

 

ごめんよ、ごめん。

私は嫌な老け方をしている。

しかし、音楽の好きなみんなが薦めてくれる音楽に対して、私が微妙な反応をしめしても、どうか怒らないで。

老いたのだ、と笑ってくれ。

「どっちがバンド名でどっちが曲名?」

と聴いても、どうか呆れないで。

「ベースの人、どっかで見たことある」

と言っても、それが勘違いとしても、そっと受け流して。

私を嫌なおばさんとして扱ってくれ。

そして、昔みんなを傷つけた大人達を許してくれ。

 

 

もうすぐ22歲、まだ若いと思っていたけど、死は確実に近づいてきている。